Vol.08 桂井和雄氏の地名研究

「桂井和雄土佐民俗選集」三部作
「桂井和雄土佐民俗選集」三部作

20151219胡

■高知が誇るの地名探究者

 

「桂井和雄土佐民俗選集その2」のあとがきに高木啓夫氏は、桂井和雄氏の広範な研究分野のなかで特に地名の探求について「地名の発音に実地踏査による地形を勘案しつつ考察をなし土佐の地名研究の基盤をなした」と延べ、主として語彙を軸とする研究法だと論じている。

桂井氏の論述は、柳田民俗学につうじる「重出立証法」の忠実な実践者にとどまることなく、地を訪ねてその地の人の話しを大切に拾い集め、それを織りなす文章そのものにもみずみずしく惹きつける魅力がある。

 

そんな、氏の書物を手にしたのは、高知新聞片岡雅文記者の連載コラム「土佐地名往来」に桂井氏の『おらんく話』の引用を読んでからである。

桂井氏が発表した書物は希少本でなかなか手に入らないところから、県立図書館を利用して氏の地名に関する書籍の地名項目と一部の略説をとりまとめたところである。原書へのいざないが目的であるので、是非、図書館に足を運んで桂井氏を理解していただきたいところです。

 

■桂井和雄氏のプロフィール(1907-1989)

明治40年12月10日高知市に生まれる。柳田国男、渋沢敬三の知遇を受ける。土佐郡土佐山村弘瀬小学校長、同桑尾小学校長を経て、高知県福祉事業財団会長、土佐民俗学会会長を歴任。高知県文化賞受賞。(桂井和雄土佐民俗選集その3土佐の海風の奥付から引用)

 

主要著書「土佐風物記(1952)」「土佐方言小記(1953)」「南海民俗風情(1954)」「土佐山民俗誌(1955)」「俗信と民俗(1973)」「おらんく話ー土佐風物考(1959)」「全国昔話集成23土佐昔話集(1977)」「桂井和雄土佐民俗選集その1仏トンボ去来(1977)」「桂井和雄土佐民俗選集その2生と死と雨だれ落ち(1979)」「桂井和雄土佐民俗選集その3土佐の海風(1983)」

 

・土佐史談・・・72号~80号、84号、100号、102号、108号、130号

・土佐史談第182号 桂井和雄先生の逝去を悼む(坂本正夫)

 

 

■海辺地名誌(昭和33年1月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

「土佐の海辺地名について考えてみたい。地図を開いてその長い海岸線に注意してみると、一見したところ単調なようで、そこには大小数百の地名が点在していて、すべてが黒潮の香りにむせんでいるように思える。」と前置きし、一応解明できる範囲のものについて説明しておきたいと、次の地名をあげている。

 

▼掲載地名   ※地名(よみ:語彙)

蹉跎岬(さだみさき・サダル)、渭南(いなん:渭水)、津呂(つろ:瀞)、志和(しわ:シとワイ)、ユルギ、手結(てい:イイ)、白浜(しらはま)、灘(なだ)、福浦(ふくうら:フクラム)、久礼(くれ:石塊)、宇多の松原(うだのまつばら:ウタ)、奈半利(なはり:魚場ナワ)、羽根(はね:堤ハネ)、平等津(ならし:ナラス)

 

▼難読地名

浮鞭(うきぶち)、伊屋(いや)、名鹿(なしし)、布(ぬの)、以布利(いぶり)、久百々(くもも)、片粕(かたすみ)、小才角(こさいつの)、古満目(こまめ)、竜ガ迫(たつがさこ)、宿毛(すくも)

 

▼四万十町関連

ツロ/津呂・都呂・鶴

室戸岬の津呂を考えてみると、自然の浦曲の状をなし、内部に侵入した海水もここでは穏やかな淀みになっていたものと考えられる。佐喜浜の都呂についても同様にいえる。山間で川水の淀んで波静かなところをトロ(瀞)とよんでいる土佐方言と相通ずる地形を意味したもの。高岡郡志和の南西海岸には大鶴津、小鶴津という二つの小部落があるが、この地名の鶴などもあるいはツロの意味ではなかったか。

 

シワ/志和

幡多郡の海岸にかけて、暗礁をシとよんでいる。志和の浦から南方四キロの沖には、白鳳年間の黒田郷陥没の伝説をもつ志和のシとよぶ暗礁がある。横波三里の浦の内湾内には、鳴音神社(おとなし)の鳴無の地名と共に塩間と記してシワイと訓ましている珍しい地名があるが、ワイというのは、現地で小湾を意味する方言であるという。

 

■フロとカロウト地名考(昭和33年3月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

 

桂井氏が変わった呼び名の地名として、フロとカロウトが頻出される不思議から考察したもの。

風呂については柳田國男氏の『風呂の起源』がある。近年では、高知出身の筒井功氏が『風呂と日本人』のなかで、風呂の本流は蒸し風呂(石風呂)でその起源を朝鮮半島からと述べ、各地に頻出する風呂地名の由来を紹介。高知の風呂地名について中世後期の山城との関係を踏査し比定している。映画テルマエロマエの古代戦士の湯治場を思い浮かべる。

また、筒井氏は、『葬儀の民俗学』、『「青」の民俗学』の著書により古代の葬制について詳しく述べている。特に、洞窟葬と賽の河原の葬所についてはカロウトに関係があるように思える。

 

フロ/風呂

岡山県真庭郡などではフロは森のことであり、島根県仁多郡あたりでは神を祀る場所を風呂といい、地名としては風呂ノ谷などというのはすこぶる多い。これらのフロはもとはオムロ、ミムロなどの言葉と共通するもので、広く神聖な森や叢地をさすという。興津の小室の浜は、興津八幡宮のオムロ(聖林)を背景に持った浜の意ではないか。

 

カロウト/唐音

この地名が遠くから見れば峠のように見えながら、越えてみると勾配のゆるやかな切り通しの道であることろにこの地名のあることを知った。

カロウトなりカロト、カラトは空峠の転訛である。切抜の峠と見えて峠でない新開の道と解釈したい。何故に空の文字を避け、故意に難解な語音の文字を当てはめるに至ったか。唐谷の地名が各地にあるが、故意に唐の文字を以って水のない意味の空の字に替えているのである。これは日常に直結する地名に対し、古い祖先の人達の間で空の文字が無に通ずるところから、これを不吉として禁忌にする命名感覚のあったことを意味する。

・南国市野中の唐音

・南国市大津北浦分の嘉郎戸

・高知市東諸木の唐音

・高知市鏡梅ノ木のカロウト

・土佐市北地字カラト

・佐川町黒岩の鹿路都

・梼原町家籠戸

 

▼四万十町関連

・金上野のカロウト越え

・大井川字カロウト山

 

■地名覚書(昭和33年3月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

桂井氏は「地名の考察には、一度は必ず全国的な視野に立って探求し、これを地元の地名に比較してみる方法をとることが必要である。」と地名採取の方法論を述べ、以下地名を紹介しその語源を比定している。

以下、紹介された地名は次のとおり。

 

▼掲載地名   ※地名(よみ:語彙)

今成(いまなり)、引地(ひきち)、峠(とう・たお・たわ)、越(こえ)、遅越(おそごえ)、船戸(ふなと:岐・クナド)、床鍋(とこなべ)、桁(けた)、大平(おおひら)、久木・久喜・玖木(くき:木の神・木祖久久能智神)、茗荷(みょうが)、菖蒲(しょうぶ)、野老(ところ)、程野(ほどの)、針木(はりぎ)、四手・仕出(しで) 

 

イマナリ/今成

今成は、新たにでき上がった土地を意味している。

「今」の文字を冠して「新」の意味に使用した古いものには韓人や漢人の帰化に際して今来(いまき)とよんだ例があり、同じく今土居、今在家というのもある。

・十和川口の今成(道の駅とおわの所在地) 

 

クキ/久木・久喜・玖木

全国的にある山村地名。クキの語源については柳田先生の『地名の研究』に詳しいが、この語は木の神をいう木祖久久能智神(きのみおやくくのちのかみ)の久久に通ずるもので、燃料となる薪の産地を意味する地名。

 

 

■名字と地名抄(昭和32年12月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

「人の名字が地名と深い関係にあることがわかる。土佐の名字の中から地名に関連している特に珍しいものを順次に拾い上げる」として、次の名字をあげ説明している。

 

▼掲載地名   ※地名(よみ:語彙)

伊与木(いよき)、古味(こみ)、甫木(ほき)、平尾・松尾(お)、倉(くら)、根来(ねごろ)、岩戸(いわと)、久保・窪(くぼ)、傍士(ほうじ)、仁尾(にお)、怒田・汢(ぬた)、別府・別役・別所(べふ)、埇田(そねだ)、石原(いしはら)、須賀(すが) 

 

イヨキ/伊尾木・伊与木・伊与喜

これらの地名はすべて川沿いにあり、何か川に縁由しているものである。その語源についてはいまだに不明。

イオ、イヨは魚の転訛したものであることが推察される。川魚を獲るためのある種の仕掛けに適したところの意味ではないか。

 

コミ/古味・小味・五味

これらの地名のあるところは水流のよく突きあたる屈曲部の川沿いにあって、水の入り浸る意味のコムという動詞の名詞化したコミ

 

 

■続地名覚書(昭和33年3月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

「山多い土佐の地名から、主として谷川や大川に関した地名を話題にする」ということで次の地名をあげている。

 

▼掲載地名   ※地名(よみ:語彙)

アメガエリ、川戸・川渡(かわど)、落合(おちあい)、川口(かわぐち)、中ノ川(なかのごう)、荷稲(かいな)、名古・名護(なご)、百笑(どめき)、轟(とどろ)、鳴川(なるかわ)、逆川(さかわ)、長沢(ながさわ)、長谷(ながたに)、僧津・双津(そうず)、穴内(あなない)、咥内(こうない)、中切(なかぎり)、瀬戸(せと)、樽(たる)、竈(かま)、柳瀬(やなせ)、広瀬・弘瀬(ひろせ)、高須(たかす)、高知・河内・川内(こうち)、久万(くま)、小浜(こはま)、島(しま)、車(くるま)

 

 

■山と野の地名・地名覚書補遺(昭和33年3月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

先にまとめた『地名覚書』の補遺として書かれたのが『山と野の地名』である。山村の庶民の隠された思いを秘めた地名の数々、一つひとつ桂井氏がひもとく特徴ある山村地名である。 

 

▼掲載地名   ※地名(よみ:語彙)

在所(ざいしょ)、白髪(しらが)、磯(いそ)、波介・半家(はげ)、津江(つえ)、座礼(ざれ)、久江(くえ)、迫・佐古(さこ)、間(はざま)、日浦(ひうら)、日ノ地(ひのじ)、影(かげ)、角茂・加久見角野(かく・・)、折合(おりあい)、馬路(うまじ)、駄場(だば)、休場(やすば)、一ノ又(いちのまた)、ミノコシ(みのこし)、新改(しんかい)、割(わり)、芝(しば)、枝(えだ)、新在家(しんざいけ)、家地川(いえじがわ)、野地(のじ)、奈路(なろ)、大野・広野・小野(・・の)、和田(わだ)、冨家(ふけ)、田野々(たのの)、新田(しんでん)、後免(ごめん)

 

 

■山村の地形方言(昭和33年5月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

「地名研究のために、必ずしておかなければならない一つの作業に、地形方言の調査がある。」として106か所の地形方言をあげている。

既述の地名用語もあるため、勝手に一部だけ拾うことにした。

個人的には「ウバガフトコロ、ビヤクビ、トビノス、キビジリ、セイモト、ニッチ、ノボリオ、ミミキレ、アシカワ、ノツゴ、カシダル」も掲載していただきたかった。地形地名にあたるかは不明だが、乳母が懐(ウバガフトコロ)は気になる名称で、ビヤクビも、本間雅彦著『牛のきた道』で「牛の古語ビヤが高知県に34例、ビヤの転音である宮を含めると55ヶ所と突出して多い」と探求している。

 

▼掲載地名の一部   ※地名(地形の内容)

サンブン(山分。山間農村のこと。大正・十和を自嘲ぎみに上山山分)

サデ(山の急傾斜につくった材木を落とすための落としみち)

スラ(材木を切り出す時にできる傾斜面の滑りみち)

サイノウ(畑の一区画をよぶのに使う単位)

キレ(切。これもサイノウに似た山畑の区画を数える単位)

ヤスバ(休場。山みち沿いに荷物を背負ったまま休めるようにした場所)

オカ(山みちの山手側)

ツルイ(釣井。飲料水地。泉のこと)

イデ(用水路のこと)

 

 

■珍しい地名抄(昭和33年3月/おらんく話ー土佐風物考(1959))

「耳に珍しいひびきを持ったもの(地名)であると、不思議にいつまでも忘れずにいて、ふとした時に記憶の中の風景を再現してくれるものである。」と述べ、桂井氏の記憶帳の再録として、珍名、雅名を並べている。

 

 

■土佐地名覚え書き(未完/桂井和雄土佐民俗選集その2生と死と雨だれ落ち(1979)収録)

フナト/船戸

この地名が船とゆかりのあるところのように思われがちだが、実際に県下の同名の地にあたってみると、あながちそうとばかり言えない。

かつて、行路の安全を守る道の神、岐神(くなと)が祭られていたであろうことは明らか

 

フロ/風呂

当て字で風呂と書くフロの地名も話題になる一つである。

各地を踏査すると、フロという土地が神仏を祭る神聖な場所をさして呼んでいることが察知できる。

窪川町(現四万十町)興津の小室の浜のオムロなどは、おそらく興津八幡宮の聖林をさしてそうよんだものと思われる。

 

ケタ

毛田、桁などの当て字で書かれ、高知県では山間部に多い特異な地名の一つである。

「寺川郷談」には『やまの峰をケタと云』

「分類山村語彙」には『海岸の地名にはケタというものが昔から多い。台地又は段丘の意と解せられて居る。是が山村の地形の名になっている居る例は、土佐などが最も著しいやうである。多くは川に沿うた高い平地で、岸の上などと訳してあるが、吉野川上流では山の上にもこのケタがある。ケタは又キタとも発言して居る。』

 

ヒキチ/引地

この地名の由来は、旧藩のころ、村役人のために、公役を免除した土地の称であった。(土佐藩農業経済史)

 

ホキ/甫木

甫木本という土佐人の苗字は、他府県の人には耳新しく聞こえるだろうが、地名としては広く中国、四国に分布しているものであった。

元来は、崩壊によって生じたものであろうが、山嶽や谷あいなどの切り立った崖をいい、その代表的なものが、大歩危、小歩危。

・仕出原字ホキノ谷

・昭和字大保木

・井崎字保喜

 

ハケ/波介

ホキと相通ずる地名で、断崖の峡谷など迫っているところに多い。

 

ママ/万々

元来は、ハゲの地形にひとしく、洪水などによる崩れ岸などをいう。

 

ツエ/津江・潰

崩壊地をいう地名の一つ

 

ザレ

スズレ、ザレなどという山間部の地名も、ツエに類する小さい崩壊地の意味。

・相去(アイザレ)

 

クエ/久江・九重

山や丘陵の一端、河岸などの欠損した場所の称。

 

シラガ/白髪

白髪山の山名は山頂あたりの結晶片麻岩が、白色に反射することから

岩肌の色調による命名例は多い。

 

イソ

海岸の岩がちの場所をさしていう磯ではなく、山間部に多い岩場の名称であった。高知県の山村では、羚羊(カモシカ)の棲む断崖絶壁に岩場をイソとよんでいるが、徳島県の祖谷山では岩のことをイソとよんでいる。

・四万十市磯ノ川

 

クラ/倉

倉の名のつく地名も、岩場を意味するもの

 

ゴウロ

仁淀川町の池川上ゴウラの地形は、谷いっぱい山のような岩が転がり、見るからに寂しい石原の風景。ゴウラは石原のこと

ゴウロは、高知県の山村でゴウロと呼ばれる場合が多い。

 

ネゴロ/根来

ゴウロと関係の深い、川沿いの地名

 

ソネ/埇

石の多く混じる痩地の意味で石地のこと

 

サコ/左古・佐古

山の斜面の谷になっているところの称で、左古、佐古の文字が当てられる。

全国各地でこの地形の概念が少しばかり違ってくる。

・長野県:谷というものより小さいものを指す

・岐阜県山県郡:山の中段

・岐阜県北部:谷の小さいのがサコ、大きいのがホラ

・奈良県吉野:水のない窪地

・九州:山水の小流れのあるような谷のこと

 

ハザマ/狭間

山と山に挟まれた小盆地の意味

・安田町東島字北ハザマ

・香美市土佐山田片地字間

・香南市吉原字狭間

・南国市国分字ハザマ山

 

ヒノウラ/日ノ浦・日裏

山村にはきわめて多い。

日ノ浦はまた日ノ地ともいい(四万十町日野地)、尾立をヒジと読ましている地名などは、四万十市後川日地などと同じく、日ノ浦の類名かと思われる。

 

オリアイ/折合

山村の交通路には、村や町で共通する地名が残っていて、これらの地名から山村の人たちの徒歩による忍苦の往来を想像することができる。

折合というのは、山間の窪地へ二つ以上の山みちが下りつく地点の意味

・四万十町折合

・仁淀川町長者字織合

これに似た地名に折付(おりつき)。山から低地に下りついて一休みできるような地点の名称。

 

カワド/川戸・川渡

川戸、川渡(かわど)などと呼ばれる地形も、山村の交通路にある地名の一つ。柳田国男著の「地名の研究」によれば、尾張、三河などでゴウドと呼ばれているらしく、美濃の川渡をはじめ強戸、郷戸、神戸、顔戸などの文字を当てる。また、カワは土地によっては井戸または泉を意味し、元は必ずしも大きな水流のことではなかった。

以前は多分渡渉場であって、旅人はここに来て多少身づくろいをしたことは、野口、坂本も同じであった。

 

オオド/大渡

大渡という地名は、以前は舟でしか渡ることができないような渡し場の名称

・仁淀川町大渡(大渡ダム)

 

オチアイ/落合、カワグチ川口

山間部に多い落合や川口の地名は、地形から見ると共通した地名。二つの川の合流しているところに、比較的に平坦なところに開け、そこに集落が発達することから生まれた

 

コミ/古味・小味

コミと読ませる地名もまた、山間部の川沿いに多い地名の一つ。越知町の古味でも、豪族古味某の伝承があるが、これらは苗字以前に地名があって、これを苗字として名乗ったものであることが推察できる。

コミの地名は、水流のよく突き当たる屈曲部の称で、水流の入り込む意味のコムという動詞の名詞化

 

イマナリ/今成

今成という地名は、大川の大きな湾曲部に突出してできた砂礫沖積段丘の称で、新しくできた地名を意味する名称

・越知町今成

・四万十町十和川口の今成

・四万十市大川筋の今成

 

ヒロセ/弘瀬・広瀬

主として山村の川沿いにある地名の一つ。川幅が急に広くなり、せせらぎの音もさわやかに、比較的広い田畑が開け、日ざし明るい集落のたたずまいがある。

・高知市土佐山弘瀬

・四万十町弘瀬(旧大正町)

・四万十町広瀬(旧十和村)

 

ドメキ/百笑

ドメキというのは、河川の水音に注意して生まれた地名で、百笑の字を当てられたりする。

・高知市弘岡中字百笑(旧春野町)

・四万十市中村字百笑

水音を衆人がどっとどよみき笑う意味に擬えた戯訓で、類名にはドウメキ、ザワメキ、ガラメキなどの地名が全国各地にある。

 

トドロ/轟

トドロ、トドロキ、鳴川、鳴谷などの地名も、水音に由来する地名。

 

ハマ/浜

山間部の部落めいの中には、海辺と全く同じ地名のものがまれにある。磯もそうだが、灘や島もその一つで、さらに浜がある。

浜は川沿いの川段丘に開けた小さい集落の名称で、比較的広い畑地が開拓されていたりする。遠慮がちに小浜の名で呼ばれる場合が多い。

・香美市物部槇山字小浜

・越知町横畠字小浜

・佐川町斗賀野字小浜

・四万十市西土佐津大字小浜

 

タカス/高須

タカス、タカズ、タコスなどとよばれるが、この語も土砂の堆積してできた地形の称。

・高知市高須

・大豊町大杉の高須

・本山町田高須(たこうす)

・土佐町高須

・宿毛市和田の高石(たこす)

 

コウチ/高知・河内・川内

コウチ、カワウチなどとよぶ地形は、川水の湾曲して淀んだり、氾濫したりして山間部にできた平地の称

 

タオ/峠・垰

山の鞍部をタオとかトウとよぶ例は、山岳の多い高知県には至るところにある。文字では峠と書いたり、藤の字を当てたりしている。その語源は手向けの転訛というより、むしろタワゴエの約というのが正しいようで、タワには尾根のたわみから生まれたものといわれている(分類山村語彙)

 

オソゴエ/遅越

語源は明らかでないが、その多くが旧道の越えである。その辺りの中心になる部落に出向き、用を果たして帰る一日行程の中で、自分の部落に帰りつくのに、夜遅く越さねばならぬ越の名称と解釈したい。

 

ミノコシ/見残・見ノ越・箕ノ越

ミノコシ本来の意味は不明のままである。ただ、地形的にこの地を見ると、小さい尾根を越える小道のようである。

 

ホウジ/傍士

古い時代の村境を示す標木や山の意味で、大豊町の北端、徳島、愛媛、高知三県の境になっている三傍示山などは、かっこうの例であった。

 

ヌタ/奴田・怒田・汢

ヌタは山間の雑草の生え茂った湿地で、この地名は山村に多い。

・四万十町仁井田の汢ノ川

猪猟師たちのいう「ヌタ待ち」というのは、夜間この種の湿地へ猪が好んで転がりにくるのを待ち受けて、狙い撃ちする狩猟法であった。

 

カロウト/唐音・家籠戸・鹿路都

語源のわからない地名の一つ。現地踏査によれば、峠のように見えながら、勾配のきわめてゆるやかな切り通しの道であることで共通していた。西日の影が差すその深い切り通しの道は、大きな墓穴の底を連想させた。カロウトの同音の唐櫃のことばを思い出した。唐櫃は柩、棺の意味であった。しかし、それがこの地名の語源とは考えられない。 


フォトギャラリー