奥四万十山の暮らし調査団は、「四万十町地名辞典」の編集をおこなうとともに、定期的にテーマを立て「読む辞典」として手に取りやすいよう紙ベースで書籍を発刊していきます。

 発行部数が少ないのでお渡しすることはできませんが、高知県下の公立図書館には納本しますのでお近くの公立図書館で手に取っていただければありがたいです。

 当hp「四万十町地名辞典」はPDFで公開していますのでご利用ください。

 【納本図書館】オーテピア高知図書館/四万十町立図書館/四万十町立図書館大正分館/大方あかつき館(黒潮町)/四万十市立図書館

 

 地名を学ぶ面白さがわかるはず。四万十町内で「この地区を調査したい」と手をあげる方、連絡ください。 

 

 

■『地域資料叢書18 続・土佐の地名を歩くー高知県地域史研究論集Ⅰ-』 (2019年1月6日発行)

 この報告書は、公益信託大成建設自然・歴史環境基金・平成29年度助成をうけて、「住民による歴史地名の記録と地域資源地図づくりーGISを用いた学際的研究を目指してー」の事業テーマについて取り組んだ成果品として出版した小冊子です。

 古地図や旅行記、検地帳などの歴史史料には、多くの地名が現れます。この地名を通して歴史史料を空間的に捉え、史料に書かれた現地を歩くことで、その解釈は大きく広がります。本書『続土佐の地名を歩く』は、こうした地名を使った在野の歴史愛好者による地道な現地調査(フィールドワーク)の成果報告5本を掲載した研究論集です。

 

 

■『はたのおと2018in四万十市』 (2018年11月17日発表)

 この発表会は、西土佐ふれあいホールで開催された「研究発表会はたのおと2018in四万十市」

 2011年(宿毛市)から始まった毎年1回のはた地域を舞台とした研究発表会も2巡目となりました。

 『はたのおと』は、はたを探求するノート + はたから発信するおと =  はたのおと

 四万十町も旧大正町、旧十和村がふくまれることから、「はた地域」ということです。

 今年は、口頭発表7つ、ポスター発表7つ。懇親会とエクスカーションなど盛りだくさん

 「奥四万十山の暮らし調査団」として楠瀬慶太・武内文治が「ムラの調査と『四万十町地名辞典』」のテーマ

 

■『地域資料叢書17 土佐の地名を歩くー高知県西部地名民俗調査報告書Ⅰ-』 (2018年2月22日発行)

 この報告書は、国土地理協会2016年度研究助成事業をうけて取り組んだ「住民による消えゆく小地名の収集と地域資源調査ー高知県西部の中山間地域を対象にー」の成果品として出版した小冊子です。

 地域に住む研究者と住民がともに地域の歴史を残し伝えていく「地名民俗調査」をどのように進めていくか。

 現地に赴いて「歩き」「聞き」「記録し」「地域資源に気づき」「普及していく」一連の作業です。

 今回の執筆者は、楠瀬慶太・森下嘉晴・武内文治の三人です。

 今回、掲載している地区は「宮内」「半家」「江師」「大正中津川」の4地区です。

 

 


 

 

■『棚田学会誌』2018年No.19の誌上で「土佐の地名を歩く」が書評紹介

 文献紹介していただいたのは、早稲田大学教育・総合学術院教授の高木徳郎さんです。「本書を生み出した地名調査の最大の特徴は、その手法の独特さにある。それは歴史的な地名を収集するという作業自体を研究者や学生ではなくその地域に住む住民自らが行うこと」として同書の全体を章別に紹介していただきました。

 地名を素材として、地域の住民とともにそれぞれの知恵をもちよって記録して、新たな発見へとつなげる。そんな私たちの小さな地名を掻き集める運動の励ましのチカラとなる書評でした。

 高木氏は、棚田学会の理事・副会長でもあります。奥四万十山の暮らし調査団・事務局長の楠瀬慶太が棚田学会の評議員であることからのご厚意だと思います。

 この調査報告書「土佐の地名を歩く」は県下の図書館と関係者に配付するのみですが、全文は当HP「四万十町地名辞典」のこのサイトに添付しています。PDFで自由にご利用ください。

(当該書評は著作権の関係でテキストファイルにしたものを掲載しました)

 

【文献紹介】

奥四万十山の暮らし調査団・編『土佐の地名を歩く高知県西部地名民俗調査報告書

                                             高木 徳郎     

 

 本書は、書名の副題にもある通り、高知県西部の四万十地域(具体的には四万十市西土佐地区、四万十町)を対象に、十六世紀の終わりにこの地域を支配した戦国大名・長宗我部氏によって作成された『長宗我部地検帳』と呼ばれる耕地調査の帳簿に載せられた地名、および古老からの聞き取り調査によって得られた通称地名などを手がかりに、この地域の歴史・民俗・文化・生活誌などを記述した書物で、地名のもつ多様な価値を明らかにし、その保存・伝承・活用を提言したものである。編者の奥四万十山の暮らし調査団は四万十町の住民団体とのことだが、本書の執筆は主に楠瀬慶太氏・武内文治氏・森下嘉晴氏の三人で進められた。このうち楠瀬氏は、日本中世史家で『地名の歴史学』(角川叢書、2000年)、『峠の歴史学』(朝日選書、2007年)、『景観にさぐる中世』(新人物往来杜、1995年)などの著書がある服部英雄氏(九州大学名誉教授、くまもと文学・歴史館長)のもとで地名研究の手ほどきを受け、氏の綿密な地名調査に基づいた独特の歴史研究の真価をよく理解し、学生時代から四国の中山間地域で前述の『長宗我部地検帳』に見える歴史的な地名をはじめとして、多くの地名を収集する活動を行ってきた。また、武内氏は奥四万十山の暮らし調査団の代表で、そのホームページである「四万十町地名辞典」を主宰して「住民による歴史地名の記録と地域資源図作り」(同ホームページより)を推進し、森下氏は林野庁四国森林管理局安芸森林管理署に勤務する傍ら、ハイキングや登山者が歩く山のイラストマップを描く活動を行っているという。本書はこの個性豊かな三人の絶妙なコラボレーションのもとに生まれた大変ユニークな一冊で、その全編は前述のホームページ「四万十町地名辞典」からPDF版がダウンロードできる。

 本書を生み出した地名調査の最大の特徴は、その手法の独特さにある。従来、こうした地名の調査は、民俗学や地理学、歴史学などの研究者や、その手法を一定程度体得した郷土史家などと呼ばれる在野の研究者が、ほぼ独力で行うのが一般的であった。当然、調査対象が広がれば、個人でできる調査には限界があり、調査成果の客観性や信頼性をどう担保するかという問題も生じてくる。そうした限界に挑んだのが、本書の執筆者の一人である楠瀬氏の師・服部英雄氏であった。服部氏は早くから歴史資料としての地名の重要性を訴え、自ら列島各地での聞き取り調査によって多くの歴史的な地名を収集し、それらに基づく研究を実践してこられた。その作業は当初、ほぼ単独で行われていたが、氏が九州大学に職場を移してからは、氏が担当する授業の受講学生を調査員として、対象とする地域の住民たちから集団的に聞き取り調査を行い、一気に多くの歴史的地名を収集することができた。

 その成果のひとつが、『二干人が七百の村で聞き取った二万の地名・しこ名』(花書院、2001年)であり、個人の調査による限界を克服した画期的な地名研究書となった。服部氏のこうした取り組みは、氏と同じ日本中世史の研究者たちに共感をもって受け入れられ、氏の取り組みと前後する1990年代から2000年代にかけて、いくつかの大学研究室や、これと連携した地方自治体などによって、地名の収集・記録を進める取り組みが進められた。

 しかし、それらの調査にもやはりいくつかの限界があった。その最も大きな問題は、服部氏や調査を主宰した研究者たちの思いと、彼らに引率された調査員たちの思いの間に横たわる、地名そのものへの思い入れや愛着の深浅に起因する温度差であった。要するに、引率されて調査の現地(地域)に赴く調査員(学生たち)の地域に対する思い入れは、多くの場合必ずしも高いばかりとは限らないので、調査そのものへのモチベーションや切迫感もそれほど高くなく、それは調査成果の精度や客観性といった調査そのものの質を必ずしも担保しないのである。大学の研究室で調査の意義や目的、さらには調査手法に関する講義を受け、それなりに訓練を受けてその能力も有する調査員たちによる調査でも、こうしたモチベーションの深浅により調査の質が左右されるという限界があると思われるのである。

 本書の前提となった地名調査は、こうした限界を克服した。それは、歴史的な地名を収集するという作業自体を、研究者や学生ではなく、その地域に住む住民たち自らが行うことによって可能となった。そしてそれには二つの大きなメリットがあった。一つは、地名を聞き取る者も聞き取られる者も同じ地域に住む住民ということで、聞き取り調査の結果や成果をお互いが何度も確認(クロスチェック)し合いながら進めることで、その地名の位置や発音、さらにはその地名が包含する範囲(領域)などに関する情報が、研究者や学生による収集に比べて比較的正確であるという点であり、もう一つは、こうした調査を住民自らが行うことで、地名のもつ価値を住民たち自身が再認識し、それを記録し後世に伝えることの重要性に気付くだけでなく、そうした営みを自分たち自身の課題として今後も継続して取り組んでいく契機となったという点である。とくに、後者の点に関しては、この取り組みが単に地名そのものの収集にとどまらず、その地名の起源や由来に対する関心を呼び起こし、その地名にまつわる歴史や民俗(風習や慣行、行事など)、さらには自らの生活を見直し、その価値の再発見へとつながっていく可能性が開かれるという意昧で、より普遍的な意味をもつ取り組みというべきであろう。そしてこれらの点は、今後、こうした地名を地域資源あるいは文化遺産として捉え直し、地域振興や人づくりなど、より高次の事業や活動につなげていく契機ともなり得る。本書はそうしたことへの導火線としての役割を間違いなく果たしていると言えるだろう。

本書は、全体を五章から構成している。第一章「入門編-土佐の地名の調べ方」は、まさに地名の調べ方の手ほどきに触れている章で、地名を調べることの意義や目的、さらには地名収集の方法やそのプロセスなどを、一般的な解説からそれを土佐という地域で応用する際の具体的な実践例を示している。地名学についての参考文献や土佐の地名に関する先行研究なども整理されており、地名についての基礎的な知識を得ることができる。第二章「実践編-四万十の地名を歩く」は第一章を受けた本書の本編とも言え、四万十川中流域の集落に地名の概要を概観した後、四万十市西土佐地区の半家集落、四万十町窪川地区(旧窪川町)の宮内集落、同町大正地区(旧大正町)の江師集落、同町同地区の中津川集落を事例に取り上げ、それぞれ1ページ~2ページ弱の地形図(ベースマップは国土地理院制作の「地理院地図」を使用している模様)上に、収集できた通称地名が『地検帳』記載の中世以来の地名とそれ以外の地名を色分けしつつ、ドット記号によって示されている他、それぞれの集落について、二)『地検帳』に見る村落景観、(二)昭和期の村の姿(1地名、2集落、3生業、4交通・流通、5生活)を共通の構成としつつ記述されている。

第三章「地図編-四万十の森を歩く-」はやや趣が変わって、森下嘉晴氏により制作されたイラストマップの紹介である。森下氏は森林セラピーロードを整備しモニターツアーを実施した際、「思いつきで」散策マップを制作して好評だったことを受けて、こうしたイラストマップ制作を続けているという。掲載されている作品の中には、国選定の重要文化的景観「四万十川流域の文化的景観」を構成し、美しい棚田が広がる「大正・中津川集落」を描いた作品などもある。第四章「分析編-土佐の地名を探る-」は、四万十川の呼称の由来・変遷などを様々文献を渉猟しながら考察した武内文治氏「四万十川語源考」、四万十地域の山の名前について考察した同氏「四万十山のアラカルト」、四万十町内に残る焼畑に関わる地名を「焼き畑呼称型」「収穫表示型」「出作り関係型」「人名型」「作物型」などに分類して考察した同氏「焼畑地名考」、土砂災害や地震津波などに由来する災害地名を文献や聞き取り調査から収集し、その現地比定を通じて防災に役立てようという取り組みを紹介しつつ考察を加えた楠瀬慶太氏「災害地名考」の四編の論考を収める。第五章「伝承編地名を残し伝える-」は、本書の前提となる歴史的な地名の収集・調査の取り組みを「地域再生の歴史学」と位置づけ、単なる土地の名前としてだけではなく、「民衆知」としての地名資源の活用と後世への伝承を提言している。

以上、簡単に本書の内容を紹介したが、単に土佐の地名を研究した研究書というだけにとどまらず、地名を通じた地域振興や地域作りに大きなヒントを与える一冊であると思うので、多くの方が上記ホームページにアクセスして頂き、本書の内容に触れて頂ければと思う。

 (奥四万十山の暮らし調査団 2018年2月刊 A四判 116頁非売品)

 

                        (早稲田大学教育・総合科学学術院)