■『地域資料叢書17 土佐の地名を歩くー高知県西部地名民俗調査報告書Ⅰ-』

 この報告書は、国土地理協会2016年度研究助成事業をうけて取り組んだ「住民による消えゆく小地名の収集と地域資源調査ー高知県西部の中山間地域を対象にー」の成果品として出版した小冊子です。

 発刊にあたっては、くまもと文学歴史館・館長の服部英雄さんに巻頭の言葉をいただきました。服部さんの著書『地名の歴史学(2000年/角川書店)』・『地名のたのしみー歩き、み、ふれる歴史学ー(2003年/角川ソフィア文庫)』を実践的にとりくんだ報告書がこの冊子で、中心的にまとめた楠瀬慶太さんの恩師(九州大学)でもあります。

 地域に住む研究者と住民がともに地域の歴史を残し伝えていく「地名民俗調査」をどのように進めていくか。地名の学際的な研究にとどまることなく、現地に赴いて「歩き」「聞き」「記録し」「地域資源に気づき」「普及していく」一連の作業。その調査の方法とプロセスを「入門編」「実践編」「地図編」「分析編」「伝承編」に章立てしてまとめたもので、執筆者は、楠瀬慶太・森下嘉晴・武内文治の三人です。

 今回、掲載している地区は「宮内」「半家」「江師」「大正中津川」の4地区です。

 

国土地理協会の第16回学術研究助成の報告書集『学術研究助成報告集 第4集』はこちらです 

 

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20160331「公益財団法人国土地理協会第16回学術研究助成」住民による消えゆ
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第1章 入門編ー土佐の地名の調べ方ー
20180313土佐の地名を歩く(第1章1-21).pdf
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第2章 実践編ー四万十の地名を歩くー
20180313土佐の地名を歩く(第2章22-66).pdf
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第3章 地図編ー四万十の森を歩くー
20180313土佐の地名を歩く(第3章67-73).pdf
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第4章 分析編ー土佐の地名を探るー
20180313土佐の地名を歩く(第4章74-109).pdf
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第5章 伝承編ー地名を残し伝えるー
20180313土佐の地名を歩く(第5章110-終).pdf
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地域資料叢書17「土佐の地名を歩く」ー高知県西部地名民俗調査報告書Ⅰー
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この写真は『鎌倉遺文研究』第42号(2018.10)
この写真は『鎌倉遺文研究』第42号(2018.10)

 

 

鎌倉遺文研究会の研究会報に新刊紹介

 

『鎌倉遺文研究』第42号(2018.10)に「土佐の地名を歩く」の新刊紹介の記事が掲載されました。

 

『鎌倉遺文』は竹内理三先生(1907~1997)が、昭和46年(1971)から22年間の歳月をかけて刊行された鎌倉時代の残存文書を網羅的に蒐集して編年された史料集である。鎌倉時代研究には必要不可欠の書(hpから引用)。

 

鎌倉遺文研究会は1993年に設立され、春秋二回雑誌『鎌倉遺文研究』が吉川弘文館から刊行されています。海老澤衷(えびさわただし/早稲田大学文学学術院教授)は2000年から研究会の代表となり現在に至っています。氏の研究分野は日本中世史で荘園史研究から始まり、東アジアの水田開発史、村落景観論などで、多角的に研究を進めています

奥四万十山の暮らし調査団の事務局長である楠瀬慶太は九州大学大学院で日本中世史、村落景観を服部英雄先生のもとで学び、棚田学会評議員でもあることから、海老澤先生の知己を得て、温かいエールとしての「新刊紹介」だと思われます。

 

『鎌倉遺文研究』第42号(2018.10)【新刊紹介】

奥四万十山の暮らし調査団編

『地域資料叢書17 土佐の地名を歩く―高知県西部地名民俗調査報告書I』

奥四万十山の暮らし調査団発行 2018年2月刊 A四判、116頁

 本報告書は九州大学で教鞭を執られた服部英雄氏の大学院での教え子楠瀬慶人氏(高知新聞記者)が主導して高知県西部地域での調査をまとめたものである。調査の方法としては、「長宗我部地検帳」にある膨大な地名を手がかりとして現地調査を行い、戦国末期の地域の状況を復原しようとするものである。その聞き取り調査の過程で、土佐の山問の民俗調査を行うもので、過疎化が進む中での貴重な成果が集積されている。

 具体的に挙げられているフィールドとして「半家」(はげ)を見よう。この地は四万十市に所在する大字である。天正一七年の『地検帳』の「半家村」・「向半家村」・「香川村」・「永走村」が大字半家に含まれる領域である。屋敷は二六筆で総面積(屋敷地のみか、水田・畑を含むのかは未詳)は四町九反三五代五歩。

 「地名地図」に多くの地名が落とされている。赤いドットで「地検帳」にあるホノギの比定地が示されている。「半家村」のホノギ「名本屋敷」が赤いドット「土居屋敷」に比定され、天正期には吉良兵庫助が居住していたことを記す。この吉良兵庫助は、土佐一条家(五摂家に連なる家で、長宗我部氏が統一する前に西土佐を支配していた)の時代からの地侍で、半家名の名主であった。

 山内氏入国後は半家村の庄屋になり、この家筋は天保年間まで続いたという。土居屋敷の後背地に「野地谷」があり、一四筆の耕地が記されているが、用水は不足気味であったろうとしている。「土居屋敷」の眼の前にはJR予土線の駅「半家」があり、現代におけるこの地域の中心地であることがわかるが、一㎞ほど北方には神社や寺がある本村があり、水田も広い。半家村との関係はどのようになるのであろうか。大字半家の調査成果である二枚の地図が載せられた前後にはこの地の風景写真も載せられていて、四万十川の魅力が理解できるようになっている。誠に興昧の尽きない報告書である。

 ところで、現在くまもと文学歴史館の館長である服部英雄氏が「発刊によせて」という文章を本報告書の冒頭に載せている。「地域資料叢書九」は人学院生であった頃の楠瀬慶太氏がまとめた『新・韮生槇山風土記―高知県香美市域120人に聞いた村の歴史・生活・民俗』であった。そこには東土佐の「ホノギ」が載せられていた。服部氏は「地域資料叢書」の刊行経緯に触れ、かつて九州大学大学院比較社会文化学府で地域資料情報講座が開設されていて「地域資料叢書」はこの講座予算で刊行されていたことが明らかにされている。大学院は改組され、すでに講座はないが、「地域資料叢書」はなおも刊行されているのである。しかも、楠瀬氏の日常勤務を考えれば、きわめて限られた時間しか調査に充てることはできないであろう。その中で、「地域資料叢書」の刊行が行われていることは特筆に値する。    (海老澤 衷)