地域資料叢書シリーズの第3弾。 

 今年度終盤は、新型コロナウィルスの影響等もありまとめに時間がかかりました。

 巻頭言等も省略した簡便なものとなっていますが、多くの方々が執筆していただきにぎやかな内容となっています。

   

 

■『地域資料叢書19 四万十の地名を歩くー高知県西部地名民俗調査報告書Ⅱ、津野庄・幡多庄故地現地調査報告書Ⅰ

 この報告書は、生涯学習開発財団・平成30年度助成金の支援により奥四万十山の暮らし調査団が「住民による農山村の民衆知の記録と伝承」をテーマとして1年間活動した成果の一部を製本したものです。活動の成果品である報告書は、オーテピア高知図書館、四万十市図書館、四万十町図書館等の関係する公立図書館には納本する予定です。

 高知県の財産である長宗我部地検帳や土佐州郡志や南路志などの歴史史料には、多くの地名が現れます。この地名を通して歴史史料を空間的に捉え、史料に書かれた現地を歩き、古老から話をうかがう。この民俗学的な手法で一つひとつを紡ぎ編んで行くと、今まで見えてこなかった山村風景が復元され、新たなものづくりの端緒にもなります。その実証が四万十市江川崎江川地区の「ふわふわ」づくりです。

 こうした地名を使った高知県下の歴史愛好者による地道な現地調査(フィールドワーク)を発表する場として4章にわけて活動報告をまとめた叢書となっています。

 

第1章「四万十の地名を歩く」(楠瀬慶太)

 第1章では、調査地域の位置と環境を確認。そして、四万十町で使われている約6千の地名を語彙として分析し、どのような語彙がよく使われているか、地名の分布から集落の生業を読み解く。

 楠瀬慶太は、九州大学服部英雄研究所の調査手法をもとに県下各地で地名民俗調査を続け、それに賛同する有志が今でいう「クラスター」のように広がっている。

 楠瀬は、地名の現状として「山海川の土地を積極利用していた時代には、地名は生活に欠かせないものだったのである。この住民しか知らない小さな地名が、現代では小字の不使用や集落の高齢化・限界集落化で、伝承・記録されることなく、忘れ去られ、消失してしまっている。1960 年代のエネルギー革命に伴う生業の変化によって、土地利用が後退し、さまざまな土地を地名で呼ぶことが少なくなったことが要因だと考えられる。地名ばかりでなく集落や土地の伝承、生活の記憶も、長年語り継いできた古老がいなくなることで亡失、消失している」と分析。自ら危機感を持って取り組む地名民俗調査であるが、四万十町の地名語彙から、金上野地区と小野地区の集落景観を復元する調査となっている。

 

第2章「四万十の村々を歩く」(高橋洸貴・楠瀬慶太・齋藤香織)

 第2章は、前章の地名民俗調査手法をもとに、四万十川流域を中心に8地区を報告する。

 楠瀬慶太は、高知県西部における大字単位の8地区で文献調査、古老への聞き取り調査、地域踏査の成果を報告する。地検帳をもとに近世初期の村の姿を復元し、古老からの聞き取りで昭和期の村の暮らしを報告する形式。あわせて、四万十町藤ノ川地区の盆供養の民俗例を紹介する。

 また、高知大学が条件不利地域の住民と連携して活性化策を探る授業カリキュラムとして取り組んだ江川地区の「ふわふわ」作りの事例を、「ふるさとインターンシップ事業」プロジェクトリーダーの高橋洸貴が報告し、加えて、四万十町の志和・見付地区の地名民俗調査に同行した高知大学生齋藤香織による村落調査のレポートを掲載している。

 

第3章「地域資源地図で見る四万十」(森下嘉晴・楠瀬慶太)

 第3章では、「地域資源地図」6枚を紹介する内容。

 奥四万十山の暮らし調査団では、地域調査の成果を視覚的で分かりやすく一般の方に知ってもらうため、報告書や論文などの学術的出版物に加えて地図の形で公表している。地図には、調査で判明した地域の歴史や文化の情報を記し、町歩きや地域づくりに活用してもらうことを念頭に置いて「地域資源地図」という形でまとめている。

 森下嘉晴は、第2章で紹介した集落と関連した地域資源地図6枚を作成された経緯や地図の解説とともに掲載する。森下は四国森林管理局の森林官であり高知県展・洋画部門の特選作家でもある。その「足の力」と「聞く力」と「描く力」は類い稀な才能として「絵地図」に開花する。森下の絵地図は四万十町商工会、四万十川財団、高知県森と緑の会などでも紹介され活用されているが、当HP「四万十町地名辞典」(奥四万十山の暮らし調査団編集人)では、その絵地図コレクションの全てをPDF 公開(現在101枚)している。

 

第4章「四万十の地名を考える」(武内文治・目良裕昭・山﨑眞弓)

 第4章は、昨年にまとめた「上山郷(四万十川中流域)の特集」の続編。

 昨年発表した地域資料叢書18の「第3章 山村・峠を歩く」のテーマで、目良裕昭は「土佐上山氏の支配領域とその構造」と題して中世の山の領主の支配形態をテーマにこれまで解明されていない分野を地検帳をもとに解き明かし、楠瀬慶太は「佐賀越の民俗誌―四万十町奧打井川~黒潮町佐賀間の古道を歩く」と題して伊与木郷と上山郷を結ぶ第一級の”流通の道”・”軍事の道”・”信仰の道”について、経済史的視点で交通網が整備されていない社会においての”峠道”の役割を検証した。今回は、その続編ともいえる内容である。

 武内文治の「土佐上山郷・熊野神社の勧請における紀州熊野三山との関連性」は、辺鄙な上山郷の地に最高権力者である熊野別当田辺湛増が流れつき上山郷の領主になって熊野神社を勧請したという神社の由緒書の不思議について、多くの史資料・書籍を紹介し、高知県下の熊野系神社107社の分布を示して「熊野信仰」の歴史をまとめた内容で、熊野神社ガイドブックともなるもの。加えて「続・佐賀越の民俗誌-潮汲みの祭事の道-」は熊野神社の秋の大祭におけ潮汲み祭事の道35kmを歩き、道すがらの集落の地名を謎解きながら道中を記録した紀行文。昨年達成できなかった佐賀越えを再チャレンジもの。

 目良裕昭の「中世土佐北幡地域における木材搬送と流通の一断面」は、昨年に続く中世の山の領主の統治構造について「上山郷の木材はどう搬送したか」をテーマにした内容の第2弾。久礼奉行甲原五郎太夫・堀内権進宛長宗我部盛親書状という一片の書状を手掛かりに四万十川木流とは別の木材の搬出ルートを解き明かした初出の画期的な内容となっている。

 山﨑眞弓の「大正中津川の”関札”のこと」は、山崎が2014年に出版した『はこばの四季』(同年高知県出版文化賞受賞作)の追録といった内容で、山崎が中津川を再訪し「関札の謎」を高知大の学生とともに調査し、村界の意味することについて現地を踏査し「集落という空間」を体感する内容となっている。

 

  

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第1章 四万十の地名を歩く(楠瀬慶太)
四万十町で使われている約6千の地名を語彙として分析し、どのような語彙がよく使われているか、地名の分布から集落の生業を読み解く。
これをもとに四万十町の小野地区と金上野地区を分析する。
四万十1(四万十の地名を歩く).pdf
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第2章 四万十の村々を歩く(高橋洸貴・楠瀬慶太・齋藤香織)
今回の地名民俗調査の地区は、四万十市の鴨川・西土佐江川・西土佐大宮・四万十町の小野・下津井・金上野、須崎市下郷の大角豆尻集落、梼原町町組の8地区。それに四万十町の藤ノ川地区の初盆の祭事である「盆供養」を記録した。
梼原史談会は1986~2007年にかけて会誌『梼原史談』で約800 軒の屋号を報告している。今回は未実施地区について梼原史談会の伊藤一博会長と連携して一部補完し再調査した。
江川地区についてはNPO 法人「人と地域の研究所」の高橋洸貴、今回は報告できなかったが志和と見付地区の調査に同行した齋藤香織の調査レポートも含んだ内容となっている。
四万十2(四万十の村々を歩く).pdf
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第3章 地域資源地図で見る四万十(森下嘉晴・楠瀬慶太)
今回の絵地図は5枚。そのなかでも『くぼかわまち歩きマップ』は楽しい。これを手にもって「みなくち」の芋天を食べながら「タナベベーカリー」の帽子パンやメロンパンそれも袋パンをおみやげにし、その前の「純」でコーヒーを頂き、37番札所門前の「松鶴堂」で美味しい和菓子をほおばる。最後の〆は「駒鳥」のラーメン。ほんの1kmくらいの散歩でも、さすが窪川は「食のワンダーランド」だ
四万十3(地域資源地図を見る四万十).pdf
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第4章 四万十の地名を考える

 

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土佐上山郷・熊野神社の勧請における紀州熊野三山との関連性(武内文治)
四万十4-1(熊野神社).pdf
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中世土佐北幡地域における木材搬送と流通の一断面(目良裕昭)
四万十4-2(北幡地域の木材搬送).pdf
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続・佐賀越えの民俗誌ー潮汲みの祭事の道ー(武内文治)
四万十4-3(続佐賀越民俗誌).pdf
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大正中津川の「関札」のことー『はこばの四季』追録ー(山﨑眞弓)
四万十4-4(中津川の関札).pdf
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土佐史談274号に 大利恵子さんが

『四万十の地名を歩く』の書評

 

 

 土佐史談会が発行する機関紙「土佐史談」274号(2020年7月発行)に『四万十の地名を歩く』の書評を、大利恵子さんに書いていただきました。

 大利さんは、中世の土佐西南部の荘園「幡多荘」の研究で新説を提示。これらの研究成果が評価され、高知県の文化や民俗の研究を顕彰する第39回「平尾学術奨励賞」の受賞者となりました。

 

 著作権の関係もありますので、大利さんからの原文を引用し掲載いたします。

 

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『土佐史談』274号(2020年7月)

「新刊紹介 『地域資料叢書19 四万十の地名を歩く』

(奥四万十山の暮らし調査団編・非売品)」 

 

 本書は、『土佐の地名を歩く』『続土佐の地名を歩く』に続く、「奥四万十山の暮らし調査団」調査報告書の三冊目である。非売品だが、調査団のホームページ「四万十町地名辞典」からアクセスできる。

 全四章からなり、「第一章 四万十の地名を歩く」「第二章 四万十の村々を歩く」「第三章 地域資源地図でみる四万十」「第四章 四万十の地名を考える」という構成で、四万十町(旧十和村・旧大正町・旧窪川町)を舞台としたフィールドワークの結果を報告している。専門的な内容でありながら各章で写真や図表を多用し、一般の読者にも分かりやすい体裁となっている。

 第一章では、地名・伝承などを聞き取り記録することで後世に残し、加えてそれを地域資源として活用できるように提供したいという調査団の目的が、活動軌跡と共に紹介されている。

 第二章では、四万十川流域の村々に対する文献調査、古老への聞き取り調査の結果が報告されている。戦国期に作成された『長宗我部地検帳』に記された地名と、古老から聞き取った昭和期の暮らしを並列する手法が興昧深い。

 第三章では、一般の人々が街歩きや地域づくりに活用できるよう、論文や報告書などに地図を加えて内容を視覚的に読者に伝えている。

 そして第四章には、武内文治氏・目良裕昭氏・山﨑眞弓氏等による地名に関連した論考が収録されている。

 特に興昧を引かれたのは第二章で、文献と古老への聞き取りによって再現された戦国期の景観は、地名は人間が作るものだということを改めて考えさせてくれる。本書によれば、当該地域の地名は地形などの自然に多く影響を受けているということだが、自然に由来したものだとしても、地名は単なる土地の呼び名ではなく、その時代に生きた人間が自然と対峙した暮らしの中で活動によって生み出した人間の言葉なのだ。

 言葉は、文字資料に残さなければいずれ消えてゆく性質を持つ。そのことの重要性に気付き、行動した調査団に敬意を表したい。こうした活動が四万十川流域に留まらず、幡多地域に、ひいては高知県全体に波及していくことが期待される。                                           (大利恵子) 

 

hp「土佐史談会」

 土佐史談会は1917年の設立された土佐の歴史・地理・考古・民俗を学び、発表する「みんなで楽しむ会」です。

 オーテピア高知図書館に事務局をおいています。

 入会金年間6千円で、年3回発行の機関誌「土佐史談」とともに歴史散歩や歴史講座の催し物案内の情報を知らせてくれます。

 

 

 是非、入会し土佐の歴史を楽しんでください。