小向

こむかい


20150608初

20161018胡

【沿革】

 長宗我部地検帳(1588)では、枝村でもなくただ「コムカイ」という地名で六筆ほどの田畑が記録されているにすぎないような状態であった。南路志(1813)に「小向村枝村承応年中(1652-1654)、小倉氏新開発也。」とあるように江戸期にはいっての開発である。

 寛保郷村帳(1743)には「小向新田」として石高134.523石、戸数5戸、人口21人の記録がある。

 明治22年(1889)4月1日、明治の大合併により、高岡郡床鍋村、影野村、奥呉地村、魚川村、下呉地村、替坂本村、六反地村、仁井田村、小向村、中ノ越村、富岡村、平串村の12か村が合併し「仁井田村」が発足し、小向村は大字となった。

 昭和30年(1955)1月5日、高岡郡仁井田村は、 窪川町・松葉川村・東又村・ 興津村と 合併し新設「窪川町」となった。

 平成18年(2006)3月20日、高岡郡窪川町と幡多郡大正町・十和村が合併し新設「高岡郡四万十町」となる。

 

【地誌】

 旧窪川町の東部。仁井田川と東又川の合流点北部に開けた平地部で、集落は合流点北部の山際にある。主要地方道52号興津窪川線と高知自動車道が地内中央部で交差する。天神宮がある。

(写真は1975年11月撮影国土地理院の空中写真。写真中央、南流する仁井田川(左岸)と西流する東又川(右岸)の合流域が小向地区)

 

【地名の由来】

 


地内の字・ホノギ等の地名

【字】(あいうえお順)

 エリハナ、扇田大切小橋、カヂノクボ、カミヤシキ、窪田小日比原島崎下モシンガイ、シロガハナ、シンガイ、杉ノナロ、ソヲノカイ、角田天神ノナロ長谷中丸、中ヤシキ、西ノ窪、古屋敷丸田三ッ畑、山ノ下タ【24】

 

 

(字一覧整理NO.順 小向p105)

 1下モシンガイ、2三ッ畑、3角田、4大切、5丸田、6小橋、7扇田、8島崎、9窪田、10古屋敷、11小日比原、12天神ノナロ、13杉ノナロ、14長谷

 15西ノ窪、16(欠番)、17ソヲノカイ、18シンガイ、19山ノ下タ、20エリハナ、21西ノクボ、22中丸、23中ヤシキ、24カヂノクボ、25シロガハナ、26カミヤシキ、27エリハナ(重複)

※字マスターに「21西ノクボ」は未登録

※「2三ッ畑・11小日比原」が集成図に記載がない。

※「17ソヲノカイ・18シンガイ・19山ノ下タ・20エリハナ・21西ノクボ・22中丸・23中ヤシキ・24カヂノクボ・25シロガハナ・26カミヤシキ」は中ノ越の字名と一致する。 小向の集成図に未記載であることから単純な字マスターのパンチミスではないか。

 

【ホノギ】

※長宗我部地検帳の検地当時は枝村としての記録もなく、現在の小向地区の字名でホノギに比定される領域はみあたらない。

※柿木山村のホノギとして「コムカイ」とあるが、検地の順路として前後に「永見畠、ホウシロ谷(防次郎谷)、石ソ子、コムカイ、牛王ノ本」とあることから、現在の本田集落付近の字名に「コムカイ」や「永見畠、防次郎谷、石ソ子」等があり、この地に比定されるところである。

 

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【通称地名】

 

 

【山名】

山名(よみ/標高:)

 

【峠】

峠(地区△地区) ※注記

 

【河川・渓流】

 

 

【瀬・渕】

 

 

【井堰】

 

 

【城址】

 

  

【屋号】

 

 

 

【神社】 詳しくは →地名データブック→高知県神社明細帳 

天神宮/27てんじんぐう/鎮座地:杉ノナロ ※村社

若宮神社/28わかみやじんじゃ/鎮座地:杉ノナロ

 

 


現地踏査の記録


地名の疑問

1)エリハナ

黒石にもエリというホノギがある。着物のへり(縁)というように端へ寄った意味か。ハナも先の意味である。


出典・資史料

■長宗我部地検帳(1588天正16年:佐々木馬吉著「天正の窪川Ⅰ」)

 地検帳の記録では、今の小向部落は天正の頃には村として村として独立していなかったのみでなく、枝村でもなくただ”コムカイ”という地名で六筆ほどの田畑が記録されているにすぎないような状態であった。(同p350)

 このように小向部落は江戸時代に入って開発が進められ、南路志の記録のようにまずは加江坂本村の枝村となり、独立した小向村に発展してきたものと思われる。

【蝉噪堂主人のつぶやき】佐々木氏は「天正の窪川」に南路志の記録を引用し小向地区が加江坂本村の枝村であったと述べている。小向地区から替坂本地区までには仁井田川の左岸を遡上し本田集落、汢の川集落を通らなければならないので、飛地の枝村と言うことになる。承応年間頃の新田開発は、魚ノ川(下呉地の枝村)、大向(若井の枝村)、根々崎(宮内の枝村)があるが隣地で飛地の枝村ではない。本村と枝村の支配関係、当時の飛地の経緯を調べる必要がある。

 ・神社

 天神宮(村社/字杉ノナロ鎮座)/境内社:竈戸神社

 若宮神社(無格社/字杉ノナロ鎮座)/合祀:若宮神社

 

■州郡志(1704-1711宝永年間:下p260)

 小向村の四至は、東限山西限川南限数家村北限柿木山本田縦四町横三町其土黒

 寺社は、天神社

 

■郷村帳(1743寛保3年)

 寛保3年に編纂した「御国七郡郷村牒」では小向村新田として、石高134.523石、戸数5戸、人口21人、男11人、女10人、馬0頭、牛0頭、猟銃1挺

 

■南路志(1813文化10年)

146加江坂本村の項の中に次の記述がある。

小向村枝村承応年中(1652-1654)、小倉氏新開発也。

〇小向

天神 天神ナロ 正体木形 祭礼八月廿五日

 

■ゼンリン社(2013平成25年)

p49:小向、仁井田川、東又川、主要地方道興津窪川線、浜の川小向橋、小向中ノ越橋、天神宮

 

■国土地理院・電子国土Web(http://maps.gsi.go.jp/#12/33.215138/133.022633/)

小向、仁井田川

 

■基準点成果等閲覧サービス(http://sokuseikagis1.gsi.go.jp/index.aspx)

三角点はなし

 

■四万十町橋梁台帳:橋名(河川名/所在地)

小向中ノ越橋(仁井田川/小向小橋277)

 

■四万十町広報誌(平成26年10月号)

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