影野

かげの


20150608初

20160814胡

【沿革】

 長宗我部地検帳では、陰野村・曽津川村・沢津ノ川村の三か村に書き分け構成されている。

 明治22年(1889)4月1日、明治の大合併により、高岡郡床鍋村、影野村、奥呉地村、魚川村、下呉地村、替坂本村、六反地村、仁井田村、小向村、中ノ越村、富岡村、平串村の12か村が合併し「仁井田村」が発足し、影野村は大字となった。

 昭和30年(1955)1月5日、高岡郡仁井田村は、 窪川町・松葉川村・東又村・ 興津村と 合併し新設「窪川町」となった。

 平成18年(2006)3月20日、高岡郡窪川町と幡多郡大正町・十和村が合併し新設「高岡郡四万十町」となる。

 地区内は、影野上・影野下の二つ行政区があり、影野上は1班から5班まで、影野下はイ組・ロ組・ハ組の班編成をおこなっている。

 

【地誌】

 旧窪川町の北東部。仁井田川の上流、支流奥呉地川との合流点の上流地域で、仁井田川両岸に小平地が開ける。JR土讃線と国道56号が通り、集落は国道沿いの山際に展開する。JR影野駅・影野小学校・特別養護老人ホーム窪川荘・影野町民会館・影野簡易郵便局・サンビレッジ四万十・高知自動車道四万十町東IC・六十余社などがある。仁井田地区の地域活動拠点となる「仁井田のりん家」が平成28年3月に発足。旧影野保育所を拠点施設として仁井田みらい会議が農・食・産・福をテーマに運営する。

(写真は1975年11月撮影国土地理院の空中写真。写真左中央部の市街地と農地が影野地区)

 

【地名の由来】

 


地内の字・ホノギ等の地名

【字】(あいうえお順)

 井詰メ、植竹山、ウシ地大倉田、大ダバ、大屋敷、大屋敷山、岡屋敷、ヲトナシ、小野ジリ、カシノ木ノ本神屋敷、川原田、北屋敷、切石ケナロ、五反切レ、小野尻、小峯山、櫻ノ前サデガスソ、寺地山、シノガヒラ、白屋敷、スギヤウ、立石ノ本、立石山、立山、立山ノ川谷、谷屋敷、辻ノ本、角ケ谷山、出ケ谷、出ノ谷、寺ノ前、仲切レ、中ダバ、仲野永野仲間ヤシキ、仲ヤシキ、鍋ケ谷山、西ノ沢、花ノ木、東谷山之内、ヒノクボ、日ノ山、平串山、平串山ニ有ル、船倉山、ホキ、松ケ瀬、松ガナロ、松野本、宮ノ前、宮ノ本、ヤウジダ、ヤカタヤシキ、弥三郎田、薮ケ谷山、山口山、横田、リヨヤシキ【62】

※「井詰メ」の読みは「ゆつめ」。字マスターでは「イヅメ」と読んでいる。「井(ゆ)」は用水・用水路・川の堰の意味。

 

(字一覧整理NO.順 影野p91~92)

 1角ケ谷山、2大倉田、3サデガスソ、4東谷山之内、5弥三郎田、6宮ノ本、7ホキ、8谷屋敷、9横田、10大屋敷、11中ダバ、12五反切レ、13白屋敷、14立石山、15ヤウジダ、16ヒノクボ、17小野尻、18永野、19ヲトナシ、20寺ノ前、21花ノ木、22北屋敷、23大ダバ、24松ガナロ、25宮ノ前、26仲間ヤシキ、27神屋敷、28西ノ沢、29ウシ地、30カシノ木ノ本、31切石ケナロ、32立石ノ本、33櫻ノ前、34仲切レ、35 井詰メ、36松ケ瀬、37松野本、38出ケ谷、39ヤカタヤシキ、40シノガヒラ、41岡屋敷、42仲ヤシキ、43リヨヤシキ、44辻ノ本、45スギヤウ、46仲野、47川原田、48寺地山、49薮ケ谷山、50小峯山、51立石山(再掲)、52山口山、53鍋ケ谷山、54角ケ谷山(再掲)、55平串山、56大屋敷山、57日ノ山、58植竹山、59船倉山、60平串山ニ有ル、61立山ノ川谷、62小野尻(再掲)、63宮之前(再掲)、64出ノ谷、65櫻前(再掲)、66仲屋敷(再掲)、67立山

 

【ホノギ】(陰野村/枝村:曽津川村、沢津ノ川村)

(土州高岡郡久礼分地検帳之事)

・陰野村(P665~667)

ワダノ渕、修正テン、小ヤシキブン、花ノ木ノソ子、榎ヤシキ、川フチ、エノキノモト、寺ノ前、小ヤシキ畠、山ノ本、サカバ神田、永野、カキノ内、小弓、岩ノ本、ヨウシダ、立山ノ川

 

・曽津川村(P667~668)

キシノ下、八合マキ、五反ノキレ、五味、山グチ、中ゾリ、弥三良タサデノスソカミヤシキ大蔵タイ

 

・陰野村(P669~672)

中野、シミツノ本、中マヤシキ、アカリト、宮ノ本、大キレ、田中ヤシキ、向サイノウ、牛地、中ソ子、ウマキ、カシノ木ノ本、ヲンチ、フハノ下、ヲトユノ本、桜ノマエ、イツノ谷、ユツメ

 

・沢津ノ川村(P672~673)

サカハノキレ、カシノ宮ノハラ、岩ノ本、マトハヤシキ 

 

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【通称地名】

 

【山名】

 

【谷川】

 

【瀬・渕】

 

【屋号】

 

 

【神社】 詳しくは →地名データブック→高知県神社明細帳

六拾余社/ろくじゅうよしゃ/鎮座地:植竹山 ※村社

(旧:星神社)/ほしじんじゃ/鎮座地:中ダバ

 


現地踏査の記録


地名の疑問

1)ホノギの「ウマキ」は馬の放牧地か、ホノギ「牛地」は字「ウシ地」に比定されるか

 マキ山などマキ地名の字は多い。放牧地かどうかは現地確認しなければならないが、樹木の槇、燃料の薪、種を蒔、放牧の牧などが考えられる。

ホノギ名【川マキ(奥呉地)、ウマキ(影野)、カマキ谷(床鍋)、マキ野ノクホ(道徳)、馬木ノ谷(相去)、ウマキ谷(大井川)】

字名【馬木屋敷(上秋丸)】

 

 

出典・資史料

■長宗我部地検帳(1588天正16年:佐々木馬吉著「天正の窪川Ⅰ」) 

 地検帳では、陰野村・曽津川村・沢津ノ川村の三か村に書き分けられている。そして影野部落のみではないが、仁井田地区の地検帳の記録では本村・枝村の区分をたてていない。(同p328)

 検地を行ったのは天正16年2月28日・29日、3月1日の3日間にわたっている。

・神社

 六拾余社(村社/字宮ノ前鎮座)/合祀:厳島神社

 境内社:若宮神社

 境内社:若宮神社

 星神社(村社/字中タバ鎮座)/合祀:大山津見神社、鍋神社、白皇神社、鉾神社

・寺院

 西方寺(西本寺)

 

■州郡志(1704-1711宝永年間:下p256)

 影野村の四至は、東限小峯西限所林南限北限縦横其土

 寺社は、地蔵堂、権現社とある。

 

■郷村帳(1743寛保3年)

 寛保3年に編纂した「御国七郡郷村牒」では、石高144.16石、戸数25戸、人口103人、男59人、女44人、馬19頭、牛3頭、猟銃1挺

 

■南路志(1813文化10年)

 145影野村 仁井田郷本堂之内、又云久礼郷十村之一也 地百四十三石三斗三合

六十余尊 松ノ本 正体石 祭礼九月廿一日

白王権現 曽津ノ川 祭礼九月十四日

 

■ゼンリン社(2013平成25年)

 p12:影野、仁井田川、うえたけ川、双津の川橋、影野上集会所

p20:影野、仁井田川、ヒノクボ橋、高知自動車道、県道四万十町東インター線、JR土讃線、影野駅、影野トンネル、大本山活禅寺窪川別院白銀大明神御法殿、六十余社、徹禅無形大和尚御生誕之地、西本寺延命地蔵堂

 

■国土地理院・電子国土Web(http://maps.gsi.go.jp/#12/33.215138/133.022633/)

 影野、双津の川、仁井田川、影野駅、影野トンネル

 

■基準点成果等閲覧サービス(http://sokuseikagis1.gsi.go.jp/index.aspx) 

影野(四等三角点:標高478.11m/点名:かげの)影野字山口山742-1番地

西ノ藪(三等三角点:標高461.44m/点名:にしのやぶ)床鍋字西ノ藪1424番地、杉ノ容山519

長サコ山(四等三角点:標高479.42m/点名:ながさこやま)替坂本字長サコ山番地 

 

■四万十町橋梁台帳

双津の川橋(仁井田川/影野字松ヶ瀬413-1)

日野久保橋(仁井田川/影野字ヒノクボ170)

 

■四万十町広報誌(平成20年8月号・平成30年8月) 

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