20200523胡
せいもと(セイモト)【大正、羽立川セイモト(家地川)、ヲチハタセイモト(勝賀野)、大西ノ川セイモト(七里)、高野セイモト(七里)、セイモト山(相去)。その他ホノギ、字名では各地】
「セイモト」は地検帳にもみられ中世以前の地名で、小字も125か所と結構多い。ただ、どの辞典にも説明がない。土佐で山中の谷合を「セイ」といい、対馬では狭い谷のことをサエ(才・佐江)といい、転訛したものだろう。モトは許で、きわ・ほとりのことか。セイは狭い・堰くの転訛もある。セイモトの接頭語に「〇〇谷」が多く、取水口の場所を示す地名か。命の水を小谷から引いてくる重要な所が「セイモト」だ。
谷の狭まった所は一点に水が集まり、流れが曲がる所は、設えた樋や堰などが流されることもない最適地。「三角田」の信仰儀礼と同じような清なる所でもあったろう。
安田町では小字名を接頭語にした〇〇ノセイの地名が多くセイモトの短縮形か。それとも谷を「堰く」の転訛のセイ、それとも北川村の「〇〇ノ生(ウ井)」と同じく集落の小区画か。これら〇〇ノセイの小字が80か所。『民俗地名語彙辞典』ではセイについて「土佐で山中の谷合」と語釈する。県中央の平地にはなく山間で、県東部の安芸郡19・香美郡20、幡多郡37。長岡・土佐・吾川に少ないのが不思議。
高知県内ではセイモト(いの町小川東津賀才・佐川町甲・佐川町黒岩・須崎市下分・須崎市浦ノ内塩間・津野町久保川・四万十市常六・四万十市山路・大月町芳ノ澤・土佐清水市宗呂)、程ヶ谷セイモト(芸西村和食)、宮ノ上東セイモト(香美市土佐山田町杉田)、金松生元(佐川町丙)、池谷清元(佐川町黒原)、カナイ谷セイモト(四万十市上ノ土居)、西ノ谷セイモト(宿毛市宿毛)、御堂ヶ谷セイモト(宿毛市平田町戸内)とある。多くは〇〇谷セイモトとあり、山中の谷合と理解していいのだが山中の谷合はどこにでもあり、あえて〇〇谷セイモトと名付けた意味を考えてみる。
春になり山の神を田に迎える。稲は水が命である。ミトグチから最初に水を取り入れるたを「三角田」といって神聖な領域ととして祭事を行う。その三角の形状は万国共通の聖なる形である。その命の水を小谷から引いてくる起点となるところを「セイモト(清本)」と名付けたのだろう。谷の狭まった所は一点に水が集まる。それも大きな岩や流れが曲がる所は、そこにかけた樋が流されることもなく都合がいい。緩やかな勾配であまり遠くにならず安定した水が確保できるところ。そんな大事な所である。
香南市夜須町十ノ木では、谷に付された地名に「清本」と「尻」がセットになって地名を残す。例えば、定塚谷清本、定塚谷中、定塚谷尻とか短ヶ尾谷尻、短ヶ尾谷、二短ヶ尾谷、三短ヶ尾谷、四短ヶ尾谷清本が見られる。
せと・せど(瀬戸・背戸)【】
瀬戸は瀬戸内海や音戸の瀬戸から「狭い海峡」と刷り込まれているが、昔の記憶では、家と裏山との狭い空間が「セド(背戸)」で門(カド)の対語がセドと思っていた。
大字では、高知市瀬戸(せと)、土佐町瀬戸(せど)の2か所があり、小字ではセト120、セド36と圧倒的に清音が多く、瀬戸の漢字が主に当てられている。両方の山が狭まった土佐山間の地形地名か。
接頭語では「石・セド」「セド・石」が18か所あるが、県中部の山間部に多く、仁淀川水系によくみられる。何を意味するのか。
せまち(セマチ)【】
桜が終わると田仕事が始まる。「セマチ」は一畝ごとに区画したもので、今は畝町直して区画された田をトラクターが耕運する。以前のセマチと比較すれば農作業の大変さがわかる。この農耕地を新たに区画して宅地を方形に区割りしたのが市町。マチ(町)の起源だ。常設の市が立つ場所もマチと呼ぶ。
高知県では、田の区画名称として一般的な呼称「セマチ」があり、その小字数は36か所。長宗我部地検帳にも記録される中世以前の地名。セマチは田の大きさというより畔で仕切られた区域をさし、ミセマチ田10、百セマチ7、大セマチ4か所と、仕切られた田の形状や数を示す接頭語が多い。田の区画地名は「地・切」もある。
『方言の地図帳』では、セマチが九州と四国、キレが高知だけになっている。ほぼほぼ、高知の言葉のようだ。
県内の小字名も結構あるが、使い分けはどうだろう。「キレ」が171か所、「セマチ」が36か所
「キレ」小字171の接頭語は、中切32、下切177、上切14、大切13、本切12、三反切といった規模地名が11。接尾語は田や畑が少し。
「セマチ」小字36の接頭語は、一セマチ、百セマチなど数詞+セマチの小字が25、規模を示す大セマチ3で、〇反セマチはない。接尾語はセマチ田18で畑はない。高知ではセマチもキレも使うが、個人的(幡多の人間)には、畔の区切りで田の枚数を数えるのが「セマチ」で、田んぼに水張りする関係で、上部の田んぼの集まりを「上切」、地形上一番下となるところを「下切」と区分しているような気がする。圃場整備が進んで今では区画された田んぼの規模で「三反キレ」と言ったりもする。大字で言えば「下切」が大川村と三原村、「中切」が大川村と高知市(土佐山中切)、香南市夜須町千切もあります。
せんぞく(千足・千束)【】
柳田国男『地名の研究』で「昔の墓制の名残り地名で」としてアシ谷とともに「センゾク」をあげている。豊臣勢が八王子城を攻めたとき古草鞋千足を埋めたことから「千足塚」の地名が生まれたという。一方、鏡味完二は「山頂で千束柴を焚く雨乞い」という。
高知県では16か所に「センゾク」小字が見られる。安芸市赤野、大豊町、本山町、土佐町、土佐市に「千足」、大豊町北川は「千束」の漢字が当てられる。
20251229現在
■語源
■四万十町の採取地
■町外の採取地
