ミヤクビ(ビヤ首、琵琶首、枇杷首、宮首、ヒハクイ)

■語源

 本間雅彦氏の著書「牛のきた道」で、高知県にミヤクビ地名が多いことを指摘している。ミヤノクビ14例、宮ノクビ12例、宮ノ首16例、宮首13例である。

 四万十町の事例を字名で探すと、宮クビ(大正)、宮クヒ(瀬里)、ミヤクビ(弘瀬)、宮首(浦越)、宮ノクビ(昭和)の5か所がある。

 長宗我部地検帳から「ミヤ」「ビヤ」「クビ」「クビタ」に関連したホノギを探すと、鳥クヒ(神ノ西)、山クヒ(高野)、鳥クヒ(東大奈路)、ヒワクヒ(南川口)、鳥クヒ(野地)、ヒハクヒ(床鍋)、クヒチ(志和)、ヒヤノクヒタ(上宮)、宮ノクヒ谷(下津井)、宮クヒ(里川)の10か所あり、特に上宮には「ヒヤノクヒタ」とクビタそのものを残したホノギとなっている。

 

 本間氏は、「ビヤクビ」について焼畑の跡に牛の放牧と耕作を交互に行う「牧畑」をビヤノクビと推論している(「縄文の地名を探る」p63)。その「ビヤ」は牛の古語であり、焼畑地名であるクビタがクビに転訛したという本間氏の説にあてれば、後々ビヤが宮に転訛し、クビを首の漢字に充てたものが浦越の「宮首」ではないか。

 

 「ふる里の地名(十和村教育委員会刊)」では、浦越の「宮首」について「神社の前、又は入り口付近」とある。また昭和の「宮クビ」について「神社の畝の前方に広がった所」と、神社の宮関連地名と説明している。

 

▽ミヤクビは「牧畑」地名か 「宮(神社)」関連地名か

 この「宮首」地名は、四万十町の中でも十和、大正のいわゆる北幡地域にあり、旧窪川町にないのは不思議である。山間狭隘な地形と窪川台地の地形の違いかもしれないが、いまひとつ縄文文化(焼畑狩猟)の影響の強い北幡と弥生文化(稲作)の影響の強い窪川台地。この生産活動の違いが地名に反映されているのではないか。

 この「宮首」。地元の郷土史家が述べる「宮」に関連した地名か、それとも「牧畑」に関連した地名かは、今後の町内全域の「宮首」地名の現地踏査を待つことにする。

 

 

■四万十町の採取地 

・南川口のホノギ(ヒワクヒ)

・大正字宮クビ

・瀬里字宮クヒ

・弘瀬字ミヤクビ

・浦越字宮首

・昭和字宮クビ

 

■四万十町外の採取地

▽ビヤクビ

・安芸市井之口

・吾川郡仁淀川町(旧吾川村)

・吾川郡仁淀川町(旧池川町)

▽ヒハクヒ

・高岡郡佐川町 

▽琵琶首

・高岡郡津野町(旧葉山村)

▽枇杷首

・高岡郡佐川町 

▽ビヤ首

・高岡郡日高村