こうげ(コヲゲ・コウケ・コオゲ・高下・小受)【コウゲダバ(打井川)】〔小受谷(安田町瀬切)、高下(本山町吉延)、公下谷(須崎市浦ノ内今川内)、コヲゲ(四万十市井澤)、コヲゲ畝(大豊町西峰)、コヲゲ谷(香南市上分)ほか〕
四国中国地方に分布する山間の焼畑地名。その他焼畑地名にはコバ、ソリ、ハリギなどがあり、山間地である高知県には多く分布する。
こうぞ(楮)【】
土佐和紙の原料となる「梶(かじ)・楮(こうぞ)」が228か所となっている。
長宗我部地検帳には「梶カフ・梶原・梶木」とあり「楮」は見あたらない。現代では土佐和紙の原料として「楮・三椏」と呼ばれるのが一般的である。県下の小字で楮原・楮株・楮屋敷の小字が数か所見られるのは和紙の原料として梶から楮に明治以降変化していったのだろう。
樹木は方言名が多く別の樹木との交替もあり複雑である。いの町清水上分では三椏を「リンチョウ」と呼んでいた。『四国樹木名方言集』では仁淀川や佐川で三椏の方言名・ヤナギとある。『高知県方言辞典』では「りんちょう みつまたを原料とする紙。香北、大豊町立川、鏡では、みつまたそのものを言う」とある。
仁淀川筋の伊野や高岡は和紙の生産地。その上流域は楮・三椏の原材料供給地であった。ちなみに三椏は明治二一年に高知県に導入されたことから、ホノギや小字名にはひとつもない。
楮(コウゾ)159か所
安芸郡10/9008=0.111%
香美郡17/13672=0.124%
長岡郡11/13255=0.083%
土佐郡14/8630=0.162%
吾川郡28/14447=0.193%
高岡郡37/24239=1.526%
幡多郡42/33108=1.268%
楮(こうぞ)を高知の方言でカヂ・カヂノキ・ヤマカヂといい、梶の漢字を当てる場合が多い。楮・梶の木・穀(かじ)・栲などは、時代や地方によって呼称の混同がある。高知県ではコウゾ地名はないが、梶(カジ)91、カヂ43、楮(カジ)16、カジ2(カシを除く)で154か所となる。「楮」は、クワ科の落葉低木で2~5m。山野に自生し、衣料や紙の原料となった。「こうぞ」は紙麻(かみそ)の音便変化といわれる。「梶の木」は、クワ科コウゾ属の落葉高木で10mくらい。楮が古くは「カゾ」と呼ばれていたことから、それがカジに転訛した名だといわれている。いずれも紙の原料。
本居宣長『玉勝間』に「いにしへ、木綿(ユフ)といひし物は、穀(カジ)の木の皮にて、そを布に織りたる事、古へはあまねく常の事なりしを中昔よりこなたには紙のみ造りて、布に織ることは絶えたり」とある。”梶の木”は在来種で、その後人為的に持ち込まれた帰化植物が”楮”だろうか。作業の効率も繊維の品質もいいのだろう。
2年前に中山道を、昨年は甲州道中を歩いた。その二つの道が交差するところに諏訪大社がある。この諏訪大社の神紋が「梶の木」で、上社は根四本の梶、下社は根五本の梶となっている。もっとも古い神社の一つである諏訪大社の神紋を日本列島基層の植物・梶=穀(かじ)とする不思議。
高知県のカヂ小字154の接尾接尾語を調べた。谷20・佐古9・窪7・峠3・奈路2など地形地名も多いが、中世以前から和紙の原料として梶・楮を作付け(焼畑)していたことをうかがわせる地名が多い。原35・畑20・株10・木3・作3・藪1・替地1など。特にカヂ畑は吾川郡に多く13か所。カヂ原が35か所(幡多15・高岡14・土佐4・吾川2) カヂ畑が20か所(吾川郡13・高岡3・幡多3・土佐1) カヂ株が10か所(土佐3・高岡3・幡多2・吾川1・香美1) カヂ木が3か所(香美1・吾川1・幡多1) カヂ作が3か所(香美1・土佐1・吾川1) 「ヂとジ」、「ヅとズ」の使い分けをしているのが高知県で地検帳のホノギでは「梶」地名が39か所比定されているが、「梶」が7か所、カチカフ・カチツクリ・カチ原などの「カチ」が32か所。
明治の土地台帳でもカヂと濁音で表記されたが、その後、固定資産税課税台帳の電算化の事務処理の段階で、現代仮名遣いによる小字の読み「カジ」を入れたため、今ではカジ106、カヂ47、カチ1。
こうだ(神田)【若井川地区の集落】
こうだごう(神田郷)【中世の広域地名。概ね松葉川地域の北部一帯】
中世の仁井田庄が仁井田庄八郷八番と言われたころの八郷の一つ。米野川村、作夜村(今夜を屋の字に書)、壱斗俵村、中津川村の神田郷15名、南部郷と言われた。現在の松葉川地域の北部一帯で、川奥は長宗我部地検帳にも川記録はなく米野川村に含まれていたものと思われる。室町以前は大半未開の地であったが、奥州南部因幡守高忠という人が僧として諸国をめぐったのち一斗俵に止まり開拓を始めた。一斗俵の地名由来は南部氏の開拓によるもので応安3年(1370)のことといわれる。
※「神田郷」の読みは、窪川町史にもなく、仮に「こうだごう」と呼んで五十音順に入れた。
※奥州南部周防守高忠は旧窪川町史p26。窪川町史蹟と文化財p27は因幡守高忠とある。新窪川町史は、因幡守が6か所、周防守が4か所と記述のゆれが多い。また、因幡守が一斗俵に来往した年も応安2年、応安3年、建徳元年と3通り記述されてる。出典の違いもあろうが、注記が欲しいところだ。また、新窪川町史は各所に記載ミスもあるのでネットでの正誤表が必要であろう。
こうのの(神野々)【数神地区の集落・行政区】
ごをろ(ゴヲロ)【野々川・井﨑、コヲラバタ(日野地)、ゴウロヲ(瀬里)、小浦(大鶴津)】
谷合などの石の多い土地。転じてその小石のこともゴロ・ゴラともいう。ゴウラ・ガアラという地名とともに、全国に多い地名。農作業に適さない土地として命名したのだろう(民俗地名語彙辞典)。
箱根の「強羅(ごうら)」や北アルプスの「野口五郎岳(昔はゴウロウ岳と呼ばれた)」も同じ意。沖縄では川の流れをゴウラと呼び、小石からなる浜も小浦と呼ぶ。川の流れがゴウゴウ、岩石がゴロゴロ、潮騒のコロコロというオノマトペからきた地名だろうか。
地名の研究では柳田国男の影響が大きく、箱根の「強羅」を例にして岩石の露出している小地域と説明したことから、解釈のスクラムとなったのかもしれない。また、柳田國男は「土佐にはことにゴウロという地名が多い」と言及している。
この土佐にゴウロが多いということから調べてみたら、原田英祐氏の『四国東南部 方言辞典』に「ごーろ=野根別役の小字名、ゴーロやゴロクは昔の林産物集積加工地に由来する地名」とある。記憶では、昔材を搬出する榑(くれ)の寸法が長さ二間×幅厚5・6寸が主要な規格だったことから、製材地などにこの地名が刻まれているという。原田英祐『土佐史談195号』では別説として「河内国のゴーロの民・五六の民が住んでいた所。彼らは応神天皇が引き連れてきた百済系技術者集団(大工・製材)」と述べ、「ゴーロは往古、家を建築修復する職人たちが住んでいた集落、又は野根の林産物の集積・加工地」という。
ゴウロ・ゴウロク地名は東洋町野根のみならず安芸市僧津、香南市夜須町国光、香美市香北町岩改、香美市物部町神池、高知市鏡葛山、仁淀川町吉ヶ成、津野町芳生野、津野町北川、梼原町上西の川に小字がある。奈半利町のコゴロク廃寺跡の所在地が長宗我部地検帳に記録される古五六村ということから、高知県下には小字だけでなく微細地名として残っていることだろう。
五来重は高良神社について
こえと(越ト)【各地】
こおりやま(郡山・氷山)【各地】
「郡林山」の略が「郡山」なのか。『大方町史』p864には「享保15年以後幡多郡に限って設けられたもので、野山へ森林を造成して幡多郡奉行所の処分権のもとにおき、中筋川流域、中村方面等、水害が発生した場合にこれを売って、罹災民の救済に当てる目的をもった」と説明がある。高知県下に「郡山・氷山」小字が9か所。幡多郡だけではない。
馬路村魚梁瀬「南郡山・北郡山」
香美市土佐山田町角茂谷「郡山・下郡山」
高知市土佐山都網「コヲリ山」
津野町芳生野乙「氷山」
梼原町佐渡「氷山」
梼原町豊原「氷山」
梼原町田野々「氷山」
梼原町太田戸「氷山」
四万十町大正「郡山」
四万十町西ノ川「氷山」
四万十市佐田「郡山」
大月町鉾土「郡山」
『日本国語大辞典』は「郡(ぐん) 律令制で、一国の下の行政区画。郡司が管轄する。この下に郷、里があった。こおり。」とある。
『日本書紀』には、646年(大化2)条の改新詔に郡の規定があり、郡が行政区画として定められたとされてきた。とあるが、出土された木簡から、このとき定められたのは評 (ひょう/こおり) であることが明らかになった。
江戸幕府も郡名の復旧に務めた。1878年(明治11)郡区町村編制法によって、府県の下位の行政単位とされ、郡役所が置かれた。1921年(大正10)郡制の廃止が決議され、郡は行政区画としてのみ存続している(日本国語大辞典)。現在は町村を包括する行政区画としてみられるが、市は含まれない不整合な行政区域である。平成の市町村合併で、郡域を越えた新しい自治体が多くでき、県によっては郡域そのものが消えたところも多い。
こが・こうが(コガ・コウガ)【】
高知の樹木方言名で、ヤブニッケイを「コガノ木」と呼ぶ。それにちなんだ「コガ」地名が多い。
柳田国男『地名の研究』は、高原の草生地「コウゲ」とともに「カヌカ」「古賀」「五箇」を類似する未開地名と推考する。柳田は「五箇といえば何人もまず肥後の五箇(五家)庄を思うが、それ以外にもなおたくさんの同名の地はあって、多くはえらい山中」と、平家伝説の越中五箇山、白山の五箇山、四国にも石鎚山付近の五箇山などを奥山の例を紹介。コガとゴカは類似するが、五箇には「五軒」の村集落を意味したり、「御家」と記して平家の落人・五家「久連子・椎原・仁田尾・葉木・樅木」を示す集落地名もある。越中の五箇山など柳田のいう奥山の未開地とは共通する点も多い。高知県で見れば「ゴカ」は見られないが。コガ関連地名は8か所ある。
こかい(小貝)【十川地区の集落】
こくぼかわ(小久保川)【東川角地区の集落・行政区。飛地】
ごけ・ごけん(ゴケ・五軒・おごけ)【】
柳田国男は「五箇山」地名に関して、五箇には「五軒」の村集落を意味したり、「御家」と記して平家の落人・五家「久連子・椎原・仁田尾・葉木・樅木」を示す集落地名もあると述べる。高知も平家落人伝説の多いところで、調べたら13か所あった。
田野町「五軒町」、安芸市穴内「五軒家」は集落形成の起点を示すようだ。安芸市には「三軒家」集落もあった
香美市香北町谷相「ヲゴケ石」、香美市香北町韮生野「後家内」、本山町北山「ゴケンヤ」、仁淀川町北川「ヲゴケイシ」などは、平家落人伝承地でもあり、「ヲゴケ石」などは「御五家の墓石」を示しているようで、「後家内」は「五家+ノ内(集落)」を暗示させる。仁淀川町岩柄「ヲゴケブチ」などは落人が追ってから逃れ入水したような物語だ。
ここのかでん(九日田)【宮内、大正】 ※→参照「神の歳時記 神田のいろいろ」
神戸市では七月の九日を仏に参る日。東京をはじめ多くの土地ではこの日を四萬六千日という。その日に参詣すればそれだけの日数参詣したことと同じという(綜合日本民俗語彙)。九月九日は菊の節句で、大道や古城ではお祭りする風習がある。それらの費用に充てるためにあてがった田が神田・仏供田としての九日田か。類似した地名(ホノギ・字)に正月田、五月田、七月田、七日田、彼岸田などがある。
こごめ(小籠)【小籠山(天ノ川)/小籠(南国市)】
高知県方言辞典に「こごめ・漁村などの子供が、おはじきに使う小さな貝がら」とある。岡山県を原産地にする五輪塔石となる白色の粒状石灰岩。風化すると小米のようになることから命名されたという。高知の方言であるコゴメも小さな貝がらからきたものだろう。
春、上高地の徳沢園に泊まったときの食事が「コゴミの天ぷら」。初めて見た羊歯のようなお化けゼンマイに驚いた。翌日、雪渓の涸沢にむかう道すがら群生していた。西日本にはない山菜である。
天ノ川の小籠山(ホノギはココミ)は、植生分布からみればシダ類でない。とすると宝篋印塔の材料となる粒状石灰岩か。昔、海であった痕跡として小粒の貝が見られるのか。付近のホノギに「ウハス野」があることから姥捨ての山とも考えられる。現地で踏査しなければわからない。
南国市小籠は、小さな貝がらの意味であろう。同じくコゴミ(香美市香北町五百蔵)、小篭(岡豊町小篭)、コゴミカ谷(四万十市田出ノ川)、下タコゴミ(宿毛市橋上町神有)がある。
ございしょのみね(五在所ノ峯)【金上野△黒潮町/標高658.3m】
こし(越)【】
高知は山国。「峠(トウゲ・タヲ・トウ)」、「越(コシ・コエ)」、「越戸(コエド)」「多尾(タオ)」、「田尾(タオ)」などいろんな呼び方をする。 高知で「越」地名は峠と同じ意味合いをもつが、徳島県では意味合いが違ってくる。
鳴門市大津町には、西の越、中の越、五の越、前ノ越、三番越といった「越」地名が驚くほど多い。越は字面の通り鞍部越えの交通地名だ。そう思っていたがここ大津町は吉野川の氾濫原で越えるところがないのに「越」である。
『徳島県地名考』には、「鳴門市撫養町木津は、昔、”こづ”と呼だ」とあり、また「”ツ”を船着き場の”津”と見るか、砂州の”洲”と見るか、木津は小洲の転訛」と述べる。この地の南隣に松茂町中喜来にも〇〇越の小字が多い。氾濫原での「小洲」が「木津」になり「越」に転訛したのではと見あてる。
ごぜ(ゴゼ・瞽女)【】
桂井和雄『土佐民俗記』に「土佐では、油蟲をゴゼムシ或はゴゼと呼んでいる」とあり『高知県方言辞典』に「ごぜ ①のろま②ごきぶり」とある。あのねのねの『赤とんぼの唄』に「あぶら虫 あぶら虫の足をとったら柿の種♬」とある。ゴゼ=瞽女(ゴゼ)で、座頭などの姿からか。県西部の幡多地方でゴゼは聞かない。子どもの頃、ゴキブリを油虫といったような記憶がある。
『日本方言大辞典』では「アブラムシ(油虫) ①こがねむし②かなぶん④てんとうむし⑤こおろぎ⑦きりぎりす⑧かまきり⑨みずすまし、など様々。逆引きで調べたら「ごぜむし ごきぶり(高知県)」とある。「ごぜ」がどうしてゴキブリなのか。
桂井和雄『土佐民俗記』は”ゴゼムシとオンバゴゼ”の章で、「暗い土間から三味を持ち、頭を下げて手探りで炉辺に這い寄って来るさまは、あたかも夏秋の夜に出てくる油虫の姿に似ていたのを村人たちは、物珍しい印象として「記憶」となり、瞽女12(ゴゼ)や座頭2や女郎11、メクラ4、の地名を刻んだのか。
高知県下、11万の小字には瞽女(ゴゼ)や座頭やメクラなど今では差別語と呼ばれる地名が多い。
ごたんだ(五反田)【】
柳田国男は「五反田という地名と古墳と関係があるということ、かつても聞いたことがあるが信ぜられぬ。むつかしく解せんとするは、はなはだ無理な注文」と喝破する。推考するのは科学ではあるがニ、三の事例では統計的にも「無理な注文」だ。
柳田国男『地名の研究』は三河の「一鍬田(ひとくわた)」を一番開発地の義と解する者があるとして、全国にある「一久保田・一窪田」と同語ではと推考。柳田は「一窪田は田を開きにくい地域内に孤立して存する小面積の田と解してよかろう」という。「一鍬」には開発の強い意志がある。高知県には「一鍬田」の小字はないが、長宗我部地検帳には「鍬打」が大月町才角にある。柳田のいう「一窪田・一久保田」と思える小字・一ノクボが仁淀川町別枝と土佐町和田にある。別枝字一ノ窪は有名な秋葉神社の鎮座する本村の上段に位置する。水利もよくないようで開発地とは思えない。
ほ場整理では三反切が一般的。「数詞+反」地名は高知県下でも498か所見られる。数詞+反の接尾語でみると、〇反田232、〇反地152、〇反切35、〇反畑25、〇反丸8か所。数詞では「五反」が118か所と一番多い。全国の例でも「五反」地名が多いのは、何らかの原因があるのだろう。
■数詞に対するこだわりの傾向を高知県内の小字でみたら(20以上)
一:118 一ノ谷47 一本松29 一ノ坪26
二:334 二本松29 二ツ石(岩)27
三:813 三本松51 三反田31 三角30 三反地23
四:360 四反田38 四ツ辻28
五:482 五反田53 五反地33 五味27
六:331 六郎(谷・山・屋敷)49 六反地33 六反田24
七:210 なし
八:529 八幡92
九:141 なし
■〇反小字の数詞別
一反:13か所。一反田6(46%)
二反:37か所。二反田21(57%)
三反:81か所。三反田31(38%)
四反:56か所。四反田38(58%)
五反:118か所。五反田53(45%)
六反:71か所。六反田24(34%)
七反:27か所。七反田14(52%)
八反:85か所。八反田38(45%)
九反:9か所。九反田6(67%)
こっとい(男牛)【男牛川(四万十市西土佐橘)、男牛谷(四万十市西土佐江川崎)】
「こっとい」は牡牛の県下全域の土佐方言。畿内・中国・四国地方に広く分布する。特牛(こというし)。車を引く大きな牛の意味もある。四万十市西土佐橘に「男牛川(こっといがわ)」と「女牛川(みょうじがわ)」がそろってあるが、地検帳(幡多郡上の1p613)には「コトイイ谷」、「コトイ谷」、「メウシ谷」となっている。また、「こっとい」はホトトギスの方言として中四国に分布する。
こば(コバ)【平野(コバサコ)】
焼畑・切畑をいう九州・四国に広く分布する地名。コバツクリ・コバキリ
こび(古尾)【地吉、コビ山(道徳)、コビガ谷(打井川)、コビ口(昭和)、ウナコビ(地吉)】
民俗地名語彙辞典にはコビの説明に「小さい、狭い土地。コミ(狭間)の転(子生・古井・木尾・小比・古檜)」と鏡味氏の『日本の地名』から引用している。コ(小。接頭語)・ヒであろうが、ヒが日、樋、隙、桧、干、聶の意味によって違ってくる。また、コビソは木曽・伊那では森林中に幼齢木が集団している部分をいう。
高知県内では、コビソ(安芸市畑山)、コビツノ(香美市香北町永野)、コビ穴(南国市中谷・大豊町日浦・日高村宮ノ谷)、コビ浦(大豊町小川・)、コビソ(大豊町西峰・土佐市谷地)、コビ谷(いの町清水上分・佐川町加茂・津野町樺ノ川)、コビウラ(いの町下八川丁・越知町鎌井田本村・日高村柱谷)、コビツル(四万十市小西ノ川)など。
こましごえ(コマシ越)【】
コマシは、「むしろや俵を編む器具のことで、葬式の場合には、これに似たものを青竹でつくる。葬式から帰ったものが、庭にしつらえたコマセをまたぎ、箕から塩を取って祓った。」と桂井和雄は説明する(『桂井和雄土佐民俗選集その2』p121)。
コマシ越とはコマシ形状に似た平坦で緩やかな峠を言うのだろう。
安芸市穴内「コマシ越」
香美市香北町岩改「駒士越」
南国市八京「コマシ越」
高知市七ツ淵「コマシコヘ」
高知市尾立「コマシゴシ」
日高村名越屋「コマシコエ」
こまつおやま(小松尾山)【大正中津川△梼原町/標高850.3m】
こみ(コミ・ゴミ・古味・小味・小見)【古味ノ平(日野地)、五味(影野のホノギ)、古味野々集落(大正大奈路)】
古味、小味と書いてコミと訓ませる地名は、山間部の川沿いに多い。水流のよく突き出た屈曲部の称で、水流の入り込む意味のコムという動詞の名詞化であろう(桂井和雄土佐民俗選集②p275)。
「五味」は全国に分布する。五味(ゴミ)地名は粒子の細かい砂などが堆積した地名という。地名辞典では河川の屈曲部の称で、川の流れが入り込むのコム・動詞が名詞化したものという。
漢字「古味」は高知県近辺の山間部だけ、五味地名に住む場合は、河岸に家を建てないという災害地名でもある。土佐では溝や池にある泥土。ゴにアクセントがあり、ゴミ(塵芥)と区別する(土佐方言辞典) 。コミとゴミが混在し区分が難しい。地名は読みが命なのだ。
こみのの(古味野々)【大正大奈路の集落。飛地】
こめのかわ(米の川)【米奥地区の集落・行政区】
ころびいし(コロビ石・轉石)【】
長宗我部地検帳を見ていて「コロビ石」を発見。県内の「コロビ石」小字が18か所ある。大豊町、伊野町上八川、仁淀川町など県中央部の山間地に多い。「コロビ石」が何を意味しているのかは不明だ。
石川さゆり『転がる石』やAKB48『転がる石になれ』にある大好きなフレーズで、生き方の指標みたいなもの。「迷わぬけれどこのままじゃ 苔にまみれた石になる 石なら石で思いきり 転げてみると考えた」。
コロビ石だけでなく、「石」は古来の磐境(いわさか)や磐座、修験の亀石、賽の河原、庚申塔、道祖神碑など宗教感情が基底にある。加えて「洞窟」も「滝」も同類だろう。新客でむかった大峰山では「鐘掛岩」をのぼり「覗き岩」で吊り下げられ「胎内潜り」をしてとがった岩峰を一回りした。
こや(小屋・木屋・古屋)【】
母屋(おもや)に対して付属建物が小屋。船小屋、水車小屋、出作小屋などがあり、接頭語によって何の小屋なのか土地柄が理解できて面白い。
高知県の小字で「コヤ」地名が582か所あり「小屋79・木屋30・古屋83・己屋18・コヤ306・ゴヤ66」の字が振られている。なかでも「コヤ+谷」が196箇所。漢字では小屋谷41、己屋谷、木屋谷13が振られており、焼畑、製炭、木挽き、田作りなど多種多様なコヤは「出作り」する現地簡易宿泊所といったところか。今風の「二拠点生活」だ。
(20251220現在)
■語源
■四万十町の採取地
■町外の採取地
