飯ノ川

はんのかわ


20150608初

20170613胡

【沿革】

 長宗我部地検帳には「飯川之村」と記録されている。

 それ以降の地誌である州郡志(1704-1711)、南路志(1813)ではともに「飯野川村」とある。

 明治22年(1889)4月1日、明治の大合併により、高岡郡黒石村、志和峯村、飯ノ川村、弘見村、新在家村、平野村、道徳村、奈路村、数神村、向川村、藤ノ川村、 八千数村、与津地村、親ヶ内村、本堂村、小鶴津村、志和村、大鶴津村の18か村が合併し「東又村」が発足し、飯ノ川村は大字となった。

 昭和30年(1955)1月5日、高岡郡東又村は、 窪川町・松葉川村・仁井田村・ 興津村と 合併し新設「窪川町」となった。

 平成18年(2006)3月20日、高岡郡窪川町と幡多郡大正町・十和村が合併し新設「高岡郡四万十町」となる。 

 地区内の班・組編成は、上組・下組となっている。

 

【地誌】

 旧窪川町の東部。北東は中土佐町に接する。東又川の上流、小さな谷間の地域。谷沿いに県道325号上ノ加江窪川線が中土佐町上ノ加江に通じる。集落は県道沿いの山際にある。農業と牧畜を行う。北野天神宮がある。

(写真は1975年11月撮影国土地理院の空中写真。写真中央が飯ノ川地区)

 

  

【地名の由来】

 開墾地名の「墾の川」、切替畑の「榛の川」  どちらも先人の鍬の音が聞こえる

 

 辻重憲氏が窪川の地名と変遷と村名・地名の由来と題して『史談くぼかわ第4号・第5号』に書かれている。

「14飯の川(はんのかわ):東又川の主流に注ぐ志和峰川。その支流が飯の川で主流の東又川に注ぐ。支流のそのまた支流即ち半の川である。半が飯に転じたものであろう。」

 

 ハンの音で気になるのは榛(ハンノキ・ハリノキ)である。全国の山野の湿地に自生する根の深くない樹木。焼畑を5~10年しつらえ地力が衰えると一定期間休ませ、次の焼畑のため雑木を育てる。根起こしが楽で、実生で育ち、成長も早いこと、それに加えクヌギのように萌芽更新しないから土の養分もうばわれない。そのような理由から切替端として植生されたのがハンノキ(榛の木)である。飯ノ川の植物分布で判断してみたい。

 また、気になるのが「ハリ」は墾田(はりた)など開墾の地名でもある。墾田は半田にも転訛する例がある。

 松尾俊郎『日本の地名p94』で「開墾をさす古語がカリ・ハルに原が当てられる。原田の地名は多いが、原野の田でなく”墾田”。春田、治田も当て字である。針は墾・治の当て字の場合が多いが、榛の木の場合もあるので注意を要する。」とある。

 いずれにしても、先人の鍬の音が聞こえる地名である。

 

 ハリギ地名は、針木窪(宮内)、ハルキ(弘見)、針木(上宮)、下モ針木(大井川)がある。

 

 


地内の字・ホノギ等の地名

【字】(あいうえお順)

 井ノ上山、後山、梅ノ木ノ岡、落合、影地山、カゲノヂ、傘松ノ下、上中山、川原田、北坂本山、クロノ岡、クロノクボ、小越谷小越、小松越山、西行松、坂バ、坂本、桜田、笹ノ岡、下中山、ソリ、田神岡、田神ノ窪、谷田道穴、中井、中谷山、奈路ノ後、西坂本、西ムロノコシ、ヒシャゴ谷、日室、平内畑、道合、美ノ越、ムメノ木ヲカ、室ノ越、モチ谷、餅谷山、モ々木サコ柳ノ川、柳ノ本【43】

 

(字一覧整理NO.順 飯ノ川p136~137))

 1坂本、2西坂本、3美ノ越、4モチ谷、5田神ノ窪、6田神岡、7日室、8傘松ノ下、9川原田、10奈路ノ後、11道合、12ソリ、13落合、14カゲノヂ、15谷田口、16道穴、17桜田、18西行松、19室ノ越、20梅ノ木ノ岡、21柳ノ本、22見ノ越、23西ムロノコシ、24クロノクボ、25クロノ岡、26坂バ、27笹ノ岡、28ヒシャゴ谷、29小越、30モ々木サコ、31小越谷山、32平内畑、33中谷山、34影地山、35餅谷山、36北坂本山、37上中山、38柳ノ川、39小松越山、40井ノ上山、41後山、42下中山、43中井、44ムメノ木ヲカ

※「30モ々木サコ」は集成図にない。

 

【ホノギ】飯川之村

 ▼爰ヨリ飯川之村(仁井田之郷地検帳三p228~230/検地日:天正16年11月20日)  

 シンカイ、サイノヲ、中マサイノヲ、岡ヤシキ、西行松ノマエ、マツノクホ、モミノ木、オオセマチ、トキキヤウ

(検地日:天正16年11月22日)

 道穴谷タミチアナ、コサカハ、与三作、庵免、仏ノモト、河原、柳川セイモト坂モトミノコシ、大キレ、モモノ木サコ餅谷カケノ地

 平内ハタノ谷ヨリ付(p230~231)

 ヒシヤコノス谷、ヤツヲモテ宮、ムカイソリ、チカハレノキ、ホキ畠、宝泉庵寺中、天神ノマエ、ノミタテ石、小越ノ谷

 

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【通称地名】

 

 

【山名】

 

 

【峠】

小松越(土居△飯ノ川)

小越(飯ノ川△志和峰) ※注記 

 

【谷川】

 

 

【瀬・渕】

 

 

【ため池】(四万十町ため池台帳)

傘松池

 

【屋号】

 

 

【神社】 詳しくは →地名データブック→高知県神社明細帳

北野天満宮/44きたのてんまんぐう/鎮座地:下中山

(旧:埴安神社)/45はにやすじんじゃ/鎮座地:影地山

(旧:竈戸神社)/45かまどじんじゃ/鎮座地:影地山

(旧:山祗神社)/46やまづみじんじゃ/鎮座地:上中山

金刀比羅神社遥拝所/47ことひらじんじゃようはいしょ/鎮座地:後山

飯盛神社/48いいもりじんじゃ/鎮座地:室ノ越

 


現地踏査の記録


地名の疑問

1)ヒシャゴ谷とは

 現地は、瓢箪の形をした谷なのだろうか

①ひさごはヒシャゴとも呼ばれるがヒョウタンなどの総称。乾燥させて水や食べ物などの容器として利用した。水を汲む道具にもなり「柄杓」とも書かれる。

②標準和名でミサゴを「ひしゃご」と呼ばれる場合もある。

 

2)見ノ越と美ノ越

 飯ノ川には、ミノコシの字が二カ所にある。弘見境の「見ノ越」と上ノ加江越えに至る飯ノ川の取り口にある「美ノ越」である。

 ミノコシで有名なのが土佐清水市竜串にある「見残し」、千尋岬にある奇岩景観であるが「この地を見残した」という謂れが地名の由来となっているが定かではない。

 高知県内にはミノコシ地名が多い。地形的に見て小さい尾根を越える小道のようである(民俗地名語彙辞典)。

 四万十町内にも6地区にミノコシがある。   詳しくは→「ミノコシ」 

 


出典・資史料

■長宗我部地検帳(1588天正16年:佐々木馬吉著「天正の窪川Ⅱ」p418)

 地検帳の記録によると”飯川之村”と表現されており、枝村をもたない単独の村であった。

 検地を行ったのは天正16年11月20日のことであり、弘見部落の検地に引き続いて行われている。

・神社

 北野天満宮(村社/字下モ中山鎮座)

 埴安神社(無格社/字影地山鎮座)/合祀:竈戸神社

 山祇神社(無格社/字上中山鎮座)/合祀:火室天神社

 金刀比羅神社遥拝所(字後口山設置)

 飯盛神社(無格社/字ムロノコシ鎮座)

※金刀比羅神社遥拝所が設置されている「後口山」は志和峰の字か

 ・寺院

 宝泉庵

  

■州郡志(1704-1711宝永年間:下p259)

 飯野川村の四至は、東西限川南限弘見太波北限大矢井賀峯縦八町横二町其土黒

 山川は、長谷山、飯野川山

 寺社は、大明神社とある。

 

■郷村帳(1743寛保3年)

 寛保3年に編纂した「御国七郡郷村牒」では、石高38.64石、戸数5戸、人口28人、男18人、女10人、馬5頭、牛2頭、猟銃2挺

 

■南路志(1813文化10年:③p294)

138飯野川村 仁井田郷本堂之内、又云新在家郷十二村之一也 地三十三石三斗七合

八面荒神 天神山

北野天神 天神山

 

■ゼンリン社(2013平成25年)

p52:飯ノ川、県道上ノ加江窪川線、飯ノ川、飯の川橋

p53::飯ノ川、県道上ノ加江窪川線、飯ノ川、上ノ加江隧道

 

■国土地理院・電子国土Web(http://maps.gsi.go.jp/#12/33.215138/133.022633/)

 飯ノ川

 

■基準点成果等閲覧サービス(http://sokuseikagis1.gsi.go.jp/index.aspx)

 飯の川(四等三角点:標高390.62m/点名:はんのかわ)飯ノ川字上中山352番地

餅谷山(三等三角点:標高457.64m/点名:もちたにやま)飯ノ川字餅谷山333-5番地

 

■高知県河川調書(平成13年3月/p)

飯ノ川はんの/四万十川1次支川仁井田川2次支川東又川3次支川飯ノ川

左岸:飯ノ川字坂本1

右岸:

河川平均延長:2,315m / 2.68Ak㎡ / 2.0 Lkm

※河川名称は「飯ノ川」。地名等に川を付すのが通例であることから判断すると「飯ノ川川」ではないか。

 

■四万十町橋梁台帳:橋名(河川名/所在地)

 なし 

 

■四万十町広報誌(平成22年3月号)

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