よくある地名の語源 「ふ」

ふきのとう(吹の峰【江師△西ノ川△津賀/標高700.2m】

 

ふきやぶ(吹藪【十和川口地区の集落】

  

ふけ(富家【仁井田、フケ谷山(志和)、冨家萩(大正)】

 フケは、沼地、湿地、泥深い田、湿田などの意で全国に分布する。フケル(蒸)=蒸されてやわらかくなるという語源であろう(地名用語語源辞典)。漢字は吹・深・更・布気・不毛などがあてられる。ただしフク(吹)の転訛もあるので注意が必要。

 高知新聞連載の「土佐地名往来(平成20年5月13日付)」では香南市野市の冨家について『「ふけ」は漢字渡来以前からの和語で「深田(低湿地帯の田んぼ)」同地名が全国に分布』と紹介している。また、平成17年9月22日の朝刊では吹井(高知市仁井田)を取り上げ『低湿地の土地柄「ふけ=深田」であるか、吹き出る水「噴き井」か不明』と両説を併記している。いずれにしても深田(湿田)であろう。

 長宗我部地検帳にもフケ谷(小野川)、フケノ谷(志和)とあるように中世以前の古名である。 

ふじのうえ(藤の上【昭和地区の10組の一つ「轟」の上流】 

 長宗我部地検帳に藤上ノ村とみられる中世以前の地名。当時は平串村(浦越)の枝村であった。国土地理院地形図に記載される昭和地区の字名。

ふじのこし(藤の越【見付△八千数】 

 

ふだば・ふだたて(札場・札建・札張【札場(東川角)、札場山(相去)、札張場(打井川)、札建(奈路・道徳)、札建場(仁井田)、札ノ越(大正)

  近世に、橋のたもとなど人通りの多い場所にお触れ、布告・禁令の制札を立てた所。高札場(こうさつば)。札立(ふだたて)は境界を示す札を立てた場所。地検帳には「札場」のホノギがないことから、近世の往来を探る地名となろう。

ふとう(フトヲ・葡萄・不動)【フトヲ(上秋丸)、不動(大道)、フトウノマエ(奥神ノ川)、不動保木(南川口)、不動ホキ(秋丸)、普當山(井﨑)】

 谷有二著『日本山岳伝承の謎-山名にさぐる朝鮮ルーツと金属文化-』に、日本の山名の由来や金属地名について詳しく書かれている。その金属地名の一つが「葡萄(ブドウ)」地名である。葡萄地名について「各地の鉱山やタタラ関連地を見てゆくと葡萄のつく場所が非常に多いことに気づく。地名辞典類では①東北から中部にかけて多い地名で、ウト、ウツ、ウトウなど窪地を指すものからの転音②連山、鈍頂の山や丘をいうとある。要するにタタラは通風の必要性から沢筋や窪地、即ちブドウ地形に好んで築かれる。また、葡萄の実がたわわに垂れ下がるような形で鉄鋼脈が画き出されてくる、鉱脈の特徴を表したもの」と説明している。

 また、不動山といった修験道の山岳信仰に関連した山名は全国に分布するが、四万十町にも大正の葛籠川と四万十市の境に不動山(標高780.5m)がある。谷氏は修験道が全国を巡ると同時にタタラ製鉄の技術も伝播していったという。

 上秋丸の「フトヲ」は上秋丸の南西にあり、東北ノ川に接する山境が緩やかな二つの丘陵地を示している。

ふどうやま(不動山)【大正△四万十市/標高780.5m】

 

ふなと(舟戸・船戸)【】

 

ふるしゅく(古宿)【木屋ヶ内地区の集落】

 

ふるやぐち(古谷口)【口大道地区の集落】

 

ふろうがたに(不老が谷)【興津】

 不老は「フロ」の転訛か。

ふろのたに(風呂ノ谷)【風呂(与津地)、風呂ノ谷(江師)、フロノ谷(下道・下津井)、フロガ谷(大正北ノ川)、風呂ノ本(七里・親ヶ内】

 フロは、ムロから転じた語で「籠る所」の総称。かまどを中崎、宮崎、鹿児島でフロ。七輪を福岡、大分北西部でハヤフロ。長火鉢のことを富山県ではヤマトブロ。 フロはムロに同じで土窟・洞窟・岩屋などの意味のほかムロ、ミムロと同じで、もともと神のいます所を意味するものとされている(民俗地名語彙辞典)。また、森もまたフロである(柳田国男「風呂の起源」)。

 

 長宗我部地検帳にみられるホノギ「風呂」関連地名を四万十町内で探してみると、風呂ノモト(茂串町)、フロノタン(宮内)、風呂コウツキ池(口神ノ川)、風呂ノ谷(寺野)、フロノ谷(本在家)、フロノモト(柳瀬)、フロ(与津地)風呂ノモト(親ヶ内)、風呂ノ段(上岡)、風呂ノ谷(江師)、風呂ノ谷(里川)、風呂ノ段(大井川)、風呂ノ北(戸川)の13か所ある。

 また現在の四万十町内の字を拾うと、風呂ノ本(柳瀬)、目サフロ(勝賀野)、風呂(与津地)風呂ノ本(親ヶ内)、フロガ谷(大正北ノ川)、風呂ノ谷(江師)、フロノ谷(下道)、フロノ谷(下津井)、一ツ風呂(戸川)の9か所ある。

 ホノギと字の関連で読めばうち4か所比定されることになる。

 

 筒井功氏は、高知県の小字一覧からひろった88箇所の風呂地名を現地踏査して「フロガ谷」、「風呂ノ谷」、「フロノモト」、「不老谷」などの風呂地名と城郭地名との関連性を指摘している。「フロはもともと発汗浴を意味し石室あるいわ土室のムロがフロの語に転訛。(中略)風呂地名は中世後期の山城と深くかかわっており、多くが山城跡の直下に位置している。」(「風呂と日本人」p95、p144)と高知県下の事例を基に推察している。

 中世の地検帳にでてくるホノギ「フロ」地名は、風呂と解釈しても時代考証としては、今の温湯浴ではなくサウナ風呂である。井原西鶴「好色一代男(1682)」の挿絵にあるのも蒸し風呂が主流であったという。十辺舎一九「東海道中膝栗毛(1802)」で弥次さん北さんが小田原宿で初めて入る五右衛門風呂がでてくるのは江戸の後期である。風呂好きな日本人が、地名に記号として風呂を刻むのも理解できる。戦傷病者の湯治としての温泉効能は「テルマエ・ロマエ」が証明している。

 

 はたして山城と発汗浴を関連付けた「テルマエロマエ」説は正しいのか、それとも「籠る所」の神社関連説か

 

 松尾俊郎氏は「フロはムロから転じた語で、土窟・石窟などの意味のほかに、ムロ・ミムロと同じく、もともと神のいます所を意味するものとされている。(日本の地名p142)」と神社に因む地名でもあると述べている。 

 柳田国男氏の「ムロがフロに転訛したもの」説は、いまや定説であろう。その石室・石窟の利用の形態が、多くのフロ地名の解釈に至っている。

 

 四万十町の各地に残るフロ地名。その一つ一つの地名にあたり、武士の湯治場としての発汗浴施設であったか、信仰の対象地としての岩窟であったか、それとも古代の葬制である洞窟葬の場であったかを現地踏査で確認することとする。 

 

ふゆこし(冬越)【若井川地区の集落】

(20170719現在)


ちめい

■語源


■四万十町の採取地


■四万十町外のサイノウの採取地